第百七十八話 じゃがいも投入計画
四月も半ばを過ぎていた。
真っ白い花が周りに広がっていた。
マリーはジャガイモ畑にたたずんでいた。
ここはパリ郊外北西に位置するレ・サブロンの地。
ここに二十五ヘクタールもの広さの農業試験場が立ち上げられじゃがいものみが植えられている。
二ヶ月前に植えられたじゃがいもも来月収穫を迎える。
マリーは後ろに控える男に声をかけた。
「パルマンティエさん」
「はっ」
「良くここまでやって下さいました」
「はっ勿体ないお言葉です」
「色々苦労があったでしょう?」
「じゃがいもの為なら苦労も苦労になりません!」
「そうですか」
マリーはパルマンティエに振り向いた。
「これからの予定は? ……」
「まず農場全体を柵で囲んでおき侵入できない様にしておいて立て札を立てそこにこれはじゃがいもと言い王族貴族の食べ物だから盗んだら厳罰に処すと書いて昼間は警備兵にがっちり守らせ周囲の農民達に興味を持たせ夜になったら警備兵をわざと引き上げさせて農民達にじゃがいもを盗ませ食べさせて評判を広めてもらう計画です!!」
一気に計画を喋りまくるパルマンティエ。
マリーは正面から受け止めた。
「人の心理を利用した見事な作戦です!」
「準備万端ですので収穫時に発動させます!」
「緑の部分は食べられないと立て札に書くべきですね」
「おお! なんと行き届いた心遣い」
「字の読めない人もいるから絵で説明するというのは」
「それは名案です!」
「緑の絵の具を取り寄せましょう!」
「ええ、さっそく!」
「何を言い合っているんだ……?」
パルマンティエの更に背後でカークとビスケ、バジーが覚めた目で見ていた。
その後ろに農作業員と警備兵。
大人数が二人のやり取りに呆れていた。
「二人とも情熱的なんだろう」
バジーが肩をすくめた。
「パルマンティエはじゃがいもに、マリー様は民に対して。それが上手く噛み合ってるんじゃ?」
「説明はよくできましただが解決策はどうなんだ?」
「……ほっとけ、だな」
「解決なんかしなくていいですよね」
ビスケが締めくくってこの会話はおしまいになった。
そしてフランス王国は五月を迎えようとしていた……
「じゃがいもの収穫が近い?」
「ええ、五月の末か、もしかしたらもう少しだけ早くなるかもしれません」
「ほ〜う、そりゃ楽しみだ」
ここは例によって王の食卓だった。
観衆と歓談を楽しむマリーだったが……
「皆さん、お聞きしますが……」
「……?」
急な問いかけに観衆の顔に疑問符が浮かぶ。
「もしじゃがいもが市場に並べばどうされますか?」
「え……そりゃ……買うわな」
「値段がパンより安かったら?」
「……」
「パンを買わずにじゃがいもを買う場合もありますか?」
「う〜ん、それは……」
ここで別の観衆が割って入ってきた。
「私は買います!」
中年の女性だった。
身なりからするとやや裕福な平民だろうか。
「以前モントレイユでマリー様にじゃがいもを試食させて頂きました。あの味は素晴らしかった!」
「おお、そうでしたか。肥料の説明に回っていた時の方ですね」
「はい!」
マリーは彼女に向けて微笑んだ。
「ありがとうございます。収穫が終わり次第市場に送り込むつもりです。値段は出来るだけ安くと考えております。小麦やパンに負けない魅力的な商品にしたいと思ってますから期待してお待ち願います」
おお〜
歓声が上がった。
マリーは歓声に応えるように声のボリュームを上げた。
「皆さん、いいですか? 五月の末ですよ! お間違えのないように」
マリーの傍らで食事を続ける国王は平静を装いながら心の中で首を捻っていた。
(何故こうも念を押す? 何かいつもと口調が違う気が……)
じゃがいもを市場に乗せる。
いいとこまで来ましたがまだ問題は山積みでしょう。
取り敢えずパリ、と言う感じでしょうか。
ひと月先までどうしましょう?