第百六十七話 新制度開始
二月末。
マリーはパリ中の各区域で新しいゴミの出し方の説明会を催していた。
三月までに全地域を回り切らねばならない。
今日は中央市場で説明を行なっていた。
真夜中のうちから開かれ賑わう市場であったが今は真昼。
人を集めて広報活動するには適当なスペースが広がっていた。
「という事でよろしくお願いいたします」
おおお〜
肯定的な歓声が響いた。
さすがに正体は早くにばれてしまっていた。
中には国王の食卓で観衆として足繁く通っている者までいた。
期間限定当たり付きのゴミ出しは好評で迎えられた。
ただし口だけでなく実行するにはそれなりの労力が要る。
しかも公正でないといけないのが頭を悩ませる所だ。
この様な広報活動を精力的に繰り返し、来るべき新しいゴミ出し方法の実施に備えるのだった。
そして三月を迎え遂にその時が訪れたのだ。
パリに朝が訪れた。
街には回収用のゴミが道沿いに並んでいた。
午前八時前にパリの各区域に下掃除人、ゴミ回収人が現れ一斉に回収を開始した。
厳密には下掃除人とゴミ回収人とは別である。
更に回収後の道を掃除する道路掃除人もいる。
兎にも角にも新しい試みを行う事にこれらの業者は緊張感を抱いていた。
「さあ、やれるだけの事をやり抜きましょう!」
「なんであんたがここにいるんだい?」
呆れ顔で下掃除人の女親方カジェがマリーに問いかけた。
いざ仕事始めといった所にいきなり現れるのだから面食らうのも無理がない。
「全くどうするつもりなんだ?」
「はい、仕事の実態を確かめたいのでお手伝いさせて頂きませんか?」
「もうとっくにやるつもりなんだろうが!」
カジェはもうお手上げ状態だった。
普通王妃の命とあれば断れないはずだが、それがどうして下掃除人のお仕事になるのだ?
「あんた分かってるの? いわばこれは底辺の仕事と言ってもおかしくないんだよ」
「うふふふふ、仕事に底辺も頂点もございませんわ」
「また無茶苦茶言って……」
カジェの言葉にマリーの背後に控えるカークも同感だった。
マリーが行けば当然御付きの者であるカークもビスケも行かねばならない。
前にも一度お供したが仕事を手伝わされる羽目になった。
今回はあくまで護衛のみとなっている。
新しいやり方で仕事をするのに手伝う人間が増えると本来の労働の負荷がどの程度か計れなくなる。
マリー一人手伝うのがいい所だろう、という事になっているが。
二人とも本当にそうなのかという疑いは消せないでいた。
(なんせマリー様がやってるんだからなあ……)
(私らだけ何もしない訳には……)
こうして下掃除人とゴミ処理人の作業が始まった。
粛々と作業を始める業者たち。
基本的に収集作業は以前とそれほど違わない。
出す側のやり方が多少厳格になったのと糞尿の扱いが丁寧になったくらいだ。
糞尿は後で農民に売り渡す商品となったからだ。
住人側の出す入れ物には名前が記入される事になった。
「これは名前が入ってないねえ」
「最初からみんなできているとは思ってません」
「ふうん、意外とゆるいんだね」
「ただこの人は500リーブルが当たる可能性はないでしょうね」
「あっそう」
カジェは気の抜けた返事をした。
王妃とこんな会話してていいのやら。
運搬時の入れ物も量が分かりやすいよう統一された。
これに糞尿は移されていくのだ。
マリーは普通に霜清掃人に混じって作業を行なっていた。
道行く人々が下掃除人とすれ違う時、嫌そうな顔をしていた。
その中の一人の貴族の男が作業中のマリーの姿を見かけた。
場違いな若い女性に奇異な目で視線を投げかけたがそのまま立ち去っていった。
さすがに王妃がこんなとこでこんな事をしているとは思いもよらなかったのだろう。
こうして作業は進み担当地区のゴミ回収は完了したのだった。
新方式のゴミ処理始まりました。
マリーが当然のように参加してます。
市民にとってマリーはどんな風に見えているのでしょうか。
かなり噂と直に会った場合とのギャップは大きいのかな?