第百六十四話 秘策解放
「来月より新たなゴミ出しを始めますが、それより一ヶ月の間のどれか一日に担当の者がゴミの様子を確かめに来ます」
「……?」
何の話か分からない。
「そして正しく出されていたゴミを一つ選び出し、そのゴミを出した人に500リーブルを差し上げます!!」
ええええ〜?!
住人らからどよめきの声が響く。
「分かりますか? 一軒だけですよ。正しくゴミを出している所から一軒だけ500リーブルです。宝くじみたいなものです。ただ、くじを買う必要はなくゴミをちゃんと出せばくじを買ったと同じになります」
おおお〜
歓声が上がった。
500リーブルは彼らにとってかなりの金だ。
「しかもこのフォーブール・サン・マルセル区域に限ってですので。いいですか? 来月のいつなのかは分かりませんよ〜。ですから日頃からしっかりとゴミを正しく出してくださ〜い」
「お、おい……」
トマスがさっきより低い声でマリーに声をかけた。
「お前……そんな事ができるはずが……」
「国の方針になってます」
「そんなものに俺たちがなびくとでも……」
「奥さんとお子さん見て下さい」
「何?」
振り返り見ると二人の子供のテンションが上がっているみたいだ。
五、六歳の子供だが母親が分かりやすく説明してるのを懸命に聞いている。
「何やってんだお前ら〜!」
「あ、もう一度ゴミの出し方言ってもらえないかい?」
女房の言葉に再び頭に血が上り、マリーに振り向き睨むトマス。
「お前……何者だ〜!!」
「う〜ん……」
ちょっと考えるマリーの横でカークがそわそわしている。
「ま、いいでしょう。カークさんどうぞ」
「はは〜!」
ここぞとばかり一歩前に出てカークは台詞を吐き出した。
「このお方をどなたと心得る! 我がフランス王国の王妃、マリーアントワネット様であらせられるぞ!」
「……」
何それと言った表情の住人達。
トマスとエネはと言うと。
「……お前馬鹿か?」
「いくら何でもそれは……」
「あ、間に受けなくてもいいですよ。大事なのはそこじゃ無いですから。うふふふ」
笑うマリーをカークは渋い顔で見ていた。
「あなた方が苦しい生活をしているのは知っております」
マリーは住人達に向けてマリーアントワネットとして話し始めた。
「残念ながらあなた方の暮らしを改善するには至ってません。これは認めるしかないです」
「ふんっ……」
そっぽを向くトマス。
「どんなに言ってもあなた方の暮らしを理解できる訳がないとお思いかと存じます。確かにその通りでしょう。それでも私は王家の人間としてあなた方の暮らしを良くする努力を投げ出す事ができません。諦めが悪いもので」
話を聞いているエネの表情が変わった。
疑惑と怒りの意思が顔に浮かんでいたものが怒りの部分が消え入りそうになっていた。
王妃を名乗るこの女が全く未知の存在に感じたのだ。
「あなた方がどう思おうとどう言おうと私はあなた方民の為に動くのみです。たとえそれがどんなに至らなくとも……結果を出すまで止まりません!」
「口ではいくらでも言えるね……」
呟くようにエネが言った。
「そうです。言った事とやる事が違っていては困ります。だから言った事を実現する為にあえて民の前で言うのです。言った以上やらなきゃならないですし」
マリーはエネに微笑みかけた。
「失敗もするでしょうけど構いません。成功するまでやるのみです。失敗の経験を元にして」
「…………」
言葉を失ったエネから住人全員に目を移しマリーは声を上げる。
「では皆さんの中で何か言いたい事がお有りの方、ぜひお言葉をください!」
「……」
急にそう言われてもすぐに言い出せるものではない。
この中にはトマスと共に警官とやり合った者達もいる。
言いたい事はいくらでもあるはずだが言葉にするには少々間が空いてしまうのだ。
その間隙を縫って。
「だからゴミの出し方もう一度教えておくれ!」
トマスの女房が叫んだ。
「おめえ、それじゃないだろ……」
「500リーブルだよ! 500!」
「こんなの信用するな!」
ずずい!
「私は! 嘘は申しません!! フランス王妃マリーアントワネットの名にかけて!!」
一歩踏み出し見栄を切ったマリーにトマスも威圧されてしまった。
「う……」
「何なら二等賞で100リーブルを追加しましょうか?」
おおお〜
住人の持っていた不平不満、諸々がかき消されてしまった。
マリーとしてはもっと住人の意見を聞きたい所だったがこの際切り替えてこっちの方に振り切る事にした。
「では今一度ゴミの出し方をご説明いたします…………」
秘策が出ました。
宝くじはこの時代にも有りました。
しかしゴミのくじは当時としては前代未聞ですね。
昔テレビでそういうのやってた国か都市を見たのが元ネタです。