第百五十八話 翌朝への備え
「マリー様、よくぞおいで下さいました!」
マーク署長が警察署の入り口でマリー達を出迎えた。
大仰な立ち振る舞いで挨拶するのはそれだけ過去に受けた恩を忘れていないからだろう。
「これはお出迎えありがとうございます。今回もお世話になります。娘さんお元気ですか?」
「ははっ、この前二人目の息子が生まれたばかりで」
「おお、それはおめでとうございます! お祝いの品でも……」
「いえ、そんなお気遣いは……とにかく中へお入り下さい!」
マリー達は署長の執務室に案内されるのだった。
「と言うわけでよろしくお願いいたします」
「ははっ!」
話した内容は素性を知らせずマリーが説明を行うこと。
警官は増員はするが出来るだけ目立たぬよう行動する。
マリー護衛の警官は四人でカーク、ビスケの後方に控える形で。
そしてカークの判断で行動に移ってもらう。
必要とあらばカークがマリーの正体を明かす、といった所だった。
警察側からすると不満の残る取り決めだがマークが二つ返事で了承したのでどうしようも無い。
そう言った警察官の気持ちを察してかマリーがマークの周りにいる警察署員を見た。
「皆様においては大変ご苦労をかけると思います。それでも! できるだけの事をやってみたいと思いますので負傷者が出ない限りこの方法でお願いを致します。我がまま行って申し訳ありません」
丁寧にこうべを垂れるマリーに署員達も何も言うこ事ができなくなった.
「それでは明日はよろしくお願いいたします」
こうしてマリーは翌朝への下準備を済ませたのだった。
「何、市民にまで広報をする気だと?」
モルパが聞き返した。
「はい、区域ごとに行うつもりだそうで」
ユルリックが答えた。
まだモルパの部下を続けられていた。
この前も牛飼いとマリーの仲違いに失敗したのに何故かここにいる。
「いつどこでか分かるか?」
「はい、明日朝からフォーブール・サン・マルセルでだそうです」
モルパの表情が疑問形に変わる。
「なぜ知っているんだ?」
「はっ、区域の役所にそう通達があったそうです。たぶん王妃からの通達でしょうがあそこら界隈ではちょっとした騒ぎになってますのでこっちの耳にも入ってきました」
「こことは大分離れているが?」
「いえ、この騒ぎをパレ・ロワイヤルに持ち込んだヌーヴェリストがいたのでそこで聞きまして」
ヌーヴェリストとは言わば趣味の情報屋だ。
パレ・ロワイヤル、すなわち王宮と呼ばれている建物の庭園にたむろする者達で、仕入れた情報に自分の見解を加えて披露する事に悦びを感じている。
情報に金銭が発生しないので正に趣味レベルだ。
「そんな情報で信用できるのか?」
「はい、後でサン・マルセルの役所に行って確かめましたので」
「おお、そうか!」
裏を取って置くとは中々有能だ。
首にしなくて良かったとモルパは実感した。
「よし、それでは王妃本人が出張る訳か」
「役人はそこまで言いませんでしたが恐らく今までの経過から考えれば」
「市民と揉めさせれば……」
モルパの顔に邪悪な笑みが浮かぶ。
「どうやれば揉めさせられる?」
モルパの問いにユルリックは事も無げに答えた。
「何もしなくてもいいのでは?」
「何?」
「いえ、場所がフォーブール・サン・マルセルですよ」
「む……」
パリで一番治安の悪い場所。
住人達の暴動が絶えない地域。
「僕も役所に行く時ちょっとビビりました」
ユルリックの言葉に納得するモルパ。
王妃は事情も知らないで気軽に行くことに決めたという事か。
「役人も我がままな王妃に振り回されて大変だな、ふふ」
「はあ……」
急に機嫌の良くなる主人に取り敢えず相槌を打つユルリック。
「よし、お前は王妃達の広報の様子を監視して来い!」
「あ、はい」
「可能なら揉めさせよ。火に油を注げ。分かったな」
「はっ、仰せのままに」
一礼するユルリック。
「…………」
「…………」
「どうした、行かんか?」
「いえ、ですから明日の朝です」
「…………」
気まずい空気が流れた後。
「あ……今日はもう帰って良いぞ。翌朝に備えておけ……」
「はっ」
モルパの部屋から退室したユルリックは拳を握った。
「よし、まだまだここで働けるぞ! 安定した生活ができる!」
明日に備えて今日は早めに寝ようと思うユルリックだった。
明日に向けて準備が整う、と言うことで……
またモルパが揉めさせようとしています。
この程度ならまだせこい手段なんですが、どうなるやら……