第百五十六話 準備を進める
パリ市中に御触れがが出た。
それはゴミの出し方に関する新たな決まり事を伝える物だった。
役人達が市民にゴミの出し方を教え、このやり方を守るようにと厳し目に注意した。
業者の方にも回収の仕方をどう変えるのかを会議し具体的手段を模索した。
そして新たな方式のゴミ回収が行われる日が間近に迫って来たある日…………
「おはようございます!」
あ、また来た……
カジェを始めとした下掃除人組合の親方達は予告もなしに現れるマリーアントワネットに慣れすら感じていた。
最早下掃除人の親方で彼女の顔を知らない者はいない。
それでも何で王妃が、という気持ちは無くならない。
最初は具体的にゴミ処理法をどう変えるのかの会議でマリーが説明役を買って出た。
それだけで呆れる話だがその後もちょくちょく顔を出してくる。
ゴミ回収法改変を控え親方らの会議が頻繁に行われているから、そこを見計らっての事だった。
「ああ、おはよう。よく来たね」
カジェが相槌を引き受けた。
今ではマリー担当係みたいになっている。
「いかがです、調子は?」
「相変わらずさ。やる事は知らされてるけどこれだけはやってみないとどうなるかは分からない。と言うかこっちよりパリの住人達だよ。数じゃこっちより遥かに多いんだから」
「それは分かっています」
「こっちも数は増やしてるんだけどね。それでも市民の中にゃ御触れを聞かないもんが絶対いるはずだよ」
「それも含めて、の話ですね。ところで……」
「何だい?」
「実はパリ市内の公衆便所の数を増やそうかと考えています」
「えっ?」
「すぐにとは行きませんけど……」
この言葉にはカジェのみならず他の親方達もマリーに目を向けた。
聞いてない話だ。
「基本、制度に手を加える事から始めるので施設はその後です。しかしいずれはそうしたいと思ってます。その時は公衆便所も下掃除人のお手をかける事になるのでお話だけをお伝えしておこうと考えまして」
「……そうかい。今じゃなきゃいいんだけどね。何せ今も準備で大変だから」
「はい。お手数をかけております。心より感謝しております」
丁寧に頭を下げるマリーにカジェはいつもの様に困り顔をして見せた。
この人と会話をすると身分の差というものの基準がこんがらがってしまう。
なので王妃にとる態度を他の貴族王族に取ってはいけないというルールが彼女の中で出来上がっていた。
マリーがこれまで下掃除人に伝えた決まり事はまず回収した糞尿は売り物であるという事。
商品の扱いを周知させた。
それまでの回収処理はいい加減に扱われる事も多かった。
酷い時は樽にわざと穴を開け、糞尿を漏れさせて道の真ん中にある下水道に流し込むといった不遜な行為もあったと言う。
売れるなら大事に扱えるはずだと説いたのだ。
さらに糞尿を農家に売る場合、樽一つ当たり受け渡し状を農民用と業者用の計二枚を渡してサインをさせる。
そして農家に糞尿を売り渡した時農民に受け渡し状二枚にサインか手形を押してもらい一枚は農民に、一枚は自分が持ち帰る。
その持ち帰った受け渡し状が助成金として支払われるのだ。
制度施行後一ヶ月の農家への無料販売がこれでできる訳だ。
農民用受け渡し状はのちに役人に回収されるので業者はインチキをしたらすぐばれる、とマリーは釘を刺すのも忘れなかった。
つまり糞尿をどこかにうっちゃって置いて農民のサインを偽造して助成金をもらうと言う手だ。
農家の回収枚数と違えばばれると言う理屈を説明したのだ。
マリーはカジェ達に彼女特有の歯の見える笑顔を見せた。
「とりあえずこちらの方は順調そうですね。それでは私はこれで失礼いたします。お仕事頑張って下さいね」
「? 、やけにあっさりしてるね。どうしたんだい」
ちなみに普段はもっと話し込んでいる。
「はい。早々に片付けねばならない用事がありまして。ではまた近いうちに……」
そう言うとマリーは後ろに控えていたカーク達を連れて会議所を出て行くのだった。
見送るカジェは……
「何かやらかしそうだねえ……そういう娘だよ」
もうすぐ始まる新制度の準備に忙しいマリーらですが。
もうひと押しやりそうです。
カーク達もさぞや骨が折れる事でしょうね。