第百五十二話 牛飼いとの遭遇
「まずい! 王妃一行だ」
ユルリックは木陰に身を隠した。
朝起きてモントレイユで仕込みを済ませ、モルパに報告に行く途中でマリー達に出くわしたのだ。
「見つからない様にしないと」
このまま様子を見るべきか?
それとも……
「とにかく成り行きに任せるしかない」
やっぱり安定した収入にはリスクが伴うものだなあとユルリックは実感するのだった。
「初めまして。今日は農業に携わる皆様方にお得な! お話を致します。来月から始まるのでお聞き逃しなく」
マリーは今回も名乗らずに話を始めた。
王妃の命でなく実際これやるとお得だからやるんだという気を持たせたいのだ。
こうして以前と同じ展開でマリーの農民への広報は行われていくのだった。
「肥溜めを作ってある農家の皆さんは来月からむこう一ヶ月間肥料がタダです。お得! ただし必要な分だけですよ〜、余っちゃったら勿体無いですからね〜」
「お〜そうか〜。ここらのもんはみんな肥溜め持っとるぞ〜」
「おお、それは話が早い。人由来のものは二、三週間熟成させる必要があります」
「ふ〜ん、いつも使ってるのと少し違うな〜」
マリーの周りに集まる農民達だが前回と違って肥溜め慣れしているみたいだ。
それがマリーの興味を引いた。
「いつもはどの様な肥料を?」
「ああ、それは……」
んもお〜!
後方から牛の鳴き声が響いた。
マリーが振り向くとそこには……
真ん中に牛を挟んで両脇に男が一人ずつ、こちらに向かって歩いてくる。
真っ黒で恐らくは最大級のサイズの牛と、それに見劣りしない大男達。
もみ上げと髭がくっ付いた男の方が牛の鼻輪に通した縄を持っている。
牛も男達もなんだか攻撃的なオーラを発して歩を進めて来る。
男達とマリーの目が合った。
険しい視線で睨む男ら。
相対してマリーの表情がほころんだ。
「まあ! こんにちは、お邪魔してます〜」
んもお〜!
「お越し頂きありがとうございます」
んもお〜!
「途中からでも大丈夫ですよ〜」
んもお〜!
「お元気そうで何よりです」
んもお〜!
吠えながら接近する牛と笑顔で迎えるマリー。
まるで牛と対話してるみたいになってる。
牛と男二人がマリーの前に来た。
カークとビスケがマリーの背後に控えた。
牛の真正面に立つマリーがそそっと横側に移動した。
牛と男らが歩を止めた。
男の一人が声を上げた。
「おい、お前ら」
んもお〜!
「どういうつもりだ」
んもお〜!
「あのな……」
んもお〜!
「うるさい! 黙らせろ!」
「はい」
「わっ何でお前が!?」
いつの間にかマリーが牛の頭に手を伸ばしていた。
んもお!?
慌てて身を引く黒牛。
「あらリラックスして貰おうとしたのに」
「やかましい、勝手に触るな!」
「そうですね、牛とは好奇心も警戒心も強いですものね」
「だったら触るな〜! おい!」
もみ上げ男はもう一人の男に牛の鼻輪に繋いだ縄を渡すとマリーを見下ろした。
「俺はこの辺で牛を飼っている。ここじゃ肥料は足りているから帰れ」
「牛の糞ですね」
「そうだ、帰れ」
「牛の糞は量が多いから牧草に使っても余るのですか? 余ったのをご近所に分けるのですね」
「帰れ」
「わざわざご自分の牛をお見せ下さいましてありがとうございます。逞しくて良い牛ですね」
「帰れ〜!!」
声を枯らさんばかりにがなり立てる男に対し動じる事もなく笑顔を絶やさないマリー。
後ろで臨戦体制を取るカークとビスケもこの状態に心の中で頭を抱えていた。
(またか……少しは自重してくれ!)
(手を出されても余裕なんでしょうけど……)
全然帰る素振りを見せないマリーに業を煮やしたもみ上げ男が一歩下がると牛の尻を叩いた。
ばんっ
んもお〜!
牛飼いとのやり取りが始まりました。
マリーにとって牛は手慣れた物なんでしょうか。
牛糞対人糞の戦いの行く末はどうならのやら。