第十五話 マリー、パリに来たる
ヴェルサイユ宮殿よりパリの街まで14kmの距離がある。
馬車で二時間足らずである。
先王ルイ十四世の頃、多くの貴族がヴェルサイユ宮殿に移り住む事になったが王の死後はパリに戻る者が多かった。
片道二時間足らずなら通勤も厭わない。
それ程の魅力がパリにあったという事だろう。
「馬車でそんなに時間がかかるのですか?」
マリーが驚いて見せた。
「人を乗せた車を引いているのですからね。そんなもんでしょう」
カークが答えた。
「私なら一時間ちょっとで十分ですけどね」
「はっ?どういう意味でしょうか」
「だから私なら……」
「え……あっ、自分の足でですか!?馬車と張り合ってどうするんですか!」
「自分の足で一時間ちょっと……早すぎます!」
ビスケまで二人のやりとりに口を挟み出した。
三人は今、石畳の大通りを馬に乗って走っていた。
もちろんヴェルサイユ宮殿からパリの街へ向かう途中の道だ。
「とにかく!この馬なら三十分程で行けます。人や馬車にお気をつけて」
この大通りをこれだけ早く走る者は他にいないだろう。
追い越したりすれ違う馬車や人以外は特に気を払う物はない。
スピードを合わせれば馬上で会話も問題なかった。
大通りなので横並びもできる。
「マリー様、間違っても馬で競争など考えないでくださいよ」
「えっマリー様がそんな事を?」
「前にしそうになったのだよ」
「えっマリー様本当ですか?」
「しません!今回は……そんな事したら三人で会話を楽しめませんから」
「あ、そうですよね~」
カークは思う。
(こんな会話続けてたら……気がついたらにパリに着いてそうだな)
「あら、もう着いちゃったんですか」
そう言うマリーの眼前にはパリの街、を取り巻く壁がそびえ立っていた。
パリの街は壁と柵で取り囲まれており、その所々に市門と呼ばれる出入りの施設がある。
中に入るには全部で60あるというこの市門の一つをを通らねばならなかった。
三人は市門の手前で馬を縦並びにした。
馬車ごと通れる位なので馬を降りる必要はない。
「それでは手続きをいたしましょう」
カークはそう言うと前に並んでいる一組の男女の後ろに付いた。
残る二人もそれに習った。
前の男女は係員とかなり揉めていた様だが結局罰金らしき物を払い、うなだれながら入って行った。
「タバコでも持ち込んだのでしょう。非常に厳しいのでお気を付けを」
カークはマリーらに声を潜めて言った。
カーク、ビスケ、マリーの順で入っていく。
係員が決まり文句を言った。
「国王の命に反する物を持ってはいませんか?」
「ご覧ください」
カークも決まり文句を言いつつ手荷物を差し出した。
中を確認しつつ係員は聞いた。
「馬車でないのか」
「三人とも馬術をたしなんでおります故。この方が早いもので」
「……」
無言で係員は確認を終え荷物を返した。
次はビスケの番。
「剣を携えているのか?女なのに」
「はい、主を守るのが仕事ですので。主は女性ですので女性の部下も必要という事で」
荷物を渡しながらビスケは練習した通りに答えた。
「ううむ……」
唸りつつも荷物を調べ終えて返納する係員。
「次」
「はいっ!」
にっこり笑顔で係員に荷物を差し出す少女。
そんな事にも顔色一つ変えず調べる係員。
少ない荷物だからすぐに終わった。
しかし彼女の身分が気になった。
市門は王族、大臣は素通りできる。
家来を二人、貴族には間違い無いが大臣とまでは……
改めて少女を見直す。
「……貴女、どこかで見たような」
「はい?私は貴方を見た覚えはないのですが」
何か引っ掛かるものが有るのだが出てこない。
時間をいたずらに引き延ばす訳にはいかないので係員は諦めた。
「よろしいです」
無事に市門を通り抜けた三人だったが。
「マリー様、危なかったですね~」
「お忍びで行けなくなるかと思いました」
「ばれた方が安全だと思いますよ」
突っ込みを入れるカーク。
本当はばれて欲しかった。
ただの貴族ならともかく、計画性もなく王族を狙う不貞の輩などそういないだろう。
周りからも極めて丁重に扱われるだろうから危険度も減るし。
「いえいえ、お二人がいるから大丈夫ですよ」
主の言う事は聞いておくしかないか、とカークは自分を納得させた。
馬を降りて三人はいよいよパリの街を見聞する事になった。
やっとパリに来ました。
パリ編は少し長くなります。
ダレはしないかな。