第百四十六話 職人推し
「錠前は金庫、箱、ドアに取り付けられるので錠前の技術が進歩すれば金庫、箱、ドアもそれに引き寄せられます。錠前が優れていてもドアや金庫がすぐ壊されてしまうと意味ないですからね。そうして技術の進歩が横に広がるのです」
マリーの話はさらに続く。
その場にいる三人の男は聞き入るしかない。
「技術が上がれば高度な製品ができる。その一方で品質が良くて安い物を沢山作る技術も進歩させれば……良質な品物を民にまで下ろし広げられるなら言う事なしです」
話がどんどん広がっていく。
国が豊かになるとはこう言う意味か。
「その為にはあなた方職人の力が大切なのです。ご期待しております。そしてあなた……」
「ん……?」
「あなたが錠前作りに興味をお持ちになったのはこの国にとって幸いでした。こういった職人達にやる気を起こさせる様取り計らって下さい。あなたの趣味が国を良くしましょう。それだけの物があるのです。あなたには……」
「私にか……」
「はい。自分のやっている事がどこで国の為になるか分からないものなのですよ。だけど私はあなたが錠前作りの趣味を持っていると知った時からそれを感じていました。申し遅れてすみませんでした」
ぺこりと頭を下げるマリー。
下げられた方にすれば不意打ちみたいなタイミングだ。
「職人は錠前にとどまりません。ガラス、楽器、時計、鍛冶屋、大工、革、陶器、釘など職人は数限りなくおります。職人に目をかけるのは大切ですし、一人で全部に目をかけるなど無理でしょう。だから……」
マリーは夫ににんまり笑った。
「やれる所から慌てずじっくりやりましょう。ご自分のペースで」
「……私にやれる事か。のんびりしたペースなのだが」
「はい。大丈夫です。私は私のペースやります。あなたのおかげで私は今まで自分のペースでやる事が許されてきました。だから感謝この上ない、なのです。ただ私は暴れん坊と呼ばれてますが慌てん坊でもあるので忙しない姿を見せてしまうと思います。その時はご容赦ください。うふふふ」
「君という人は……ふう〜……」
(これが……一国の王様と王妃様ってもんなのか?)
二人の職人は初めて見る祖国の国王夫妻の有り様を見て、想像していたものとのギャップに惑いまくるのだった。
そして職人達が帰った後。
「それではこの箱をヴェルサイユ宮殿前に設置します。宮殿はUの字に凹んでますので小屋でも立ててそこに置こうかと存じます」
「な、なんと?」
「Uの字の出ている両端のど真ん中にです」
「そんな所に置いて大丈夫か?」
「はい、あそこなら毎日でも取りに行けますから」
「毎日行くのか?」
「はい、問題なく」
毎朝のランニングの途中に回収するとまでは言わない。
「小屋まで立てるとなると……」
「簡素なもので大丈夫でしょう。箱の雨避けに使うだけですから」
「そうか」
「それに字の書けない民も多いのです。小屋の中に代筆できる者でもいれば。ただそれでは文書の秘密に支障をきたすので考えものですね」
「書いた者と君だけが知ることができると」
「いえ、読んでからあなたにも見せる価値があるものはお見せします。議会の議題に使えそうなら匿名で使います。ただ書面自体無記名が基本でしょうね。まずは投書した者と私の二人だけが共有します。その後は内容次第でとなります」
「もうそこまで考えているのか。感服するね」
「考える時間は沢山ありましたから。錠前ができる間もずっと」
マリーは微笑むと箱を見つめた。
「この箱に投書された文書手紙などがこの国を良くする為の目安となってもらいたいです。そう……そうです、この箱をこれから目安箱と呼ぶ事にしましょう!」
「目安箱……」
「はい!目安箱です!!」
こうしてマリーの発案で作成された目安箱がヴェルサイユ宮殿前に設置される事になった。
設置作業は手早く行われ数日で小屋ごと完成した。
目安箱。
遂に出してしまいました。
八代将軍吉宗のアレです。
マリーが吉宗の目安箱を知ってるかどうか不明ですが『暴れん坊王女マリーアントワネット』のタイトルの元が『暴れん坊将軍吉宗』なのでこう言うのも有りかと思って下さいw