第百二十一話 幼児体験
カークはマリーの部下として四年半使えてきた。
その間マリーに犬が近付いた事もあったし接触もあった。
なのになぜこんなに怯えるのだ?
いくら規格外にでかいとは言え。
カークは焦りの入り混じった声で怒鳴った。
「ビスケ、来てくれ〜!!」
そんな……とっくに乗り越えたはずなのに……
マリーの記憶が過去へとフラッシュバックしてゆく。
陽の落ちた夜と夕方の狭間の頃。
幼女の自分が一人森にたたずんでいた。
心細さに苛まれていた最中に追い打ちをかける様にそれは現れた。
獣道から山犬が現れたのだ。
恐怖に震える自分に山犬達が目を向けた。
地下迷宮で見た犬と同じ大きさ、同じ漆黒、数も同じ三匹。
犬達は自分に向けって走り出した。
恐怖で身がすくみ、どうする事もできない。
先頭の一匹が自分の眼前に迫り大きく口を開いて噛みつこうとした!
「さあ、お行き、ケル! ベロ!ルース! 噛み殺しておいで!!」
この迷宮の女ボス、ラースは犬どもをつなぐ鎖から手を離した!
がるるるるっ!
じゃらっ
鎖を引きずったまま走り出す三匹の大型犬。
「いかん!ビスケ、マリー様を部屋へ!」
立ちすくむマリーをビスケに預け戦おうとするカーク。
「マリー様、こちらへ!」
硬直したマリーを引っ張ろうとするビスケだが。
「ああああ、あっ」
……その時マリーの脳内が爆発を引き起こした!
「あああ〜!!」
マリーは肩を掴むビスケの腕を取り捻り上げた。
ビスケの体が裏返り背中から落ちた。
「ひあっ」
ずでんっ!
仰向けのビスケを置いてマリーは前進を開始した。
この通路は人二人並んで歩ける程の幅だ。
大型犬も三匹並んで走るには狭かった。
先頭一匹後ろに二匹で突進して来た。
ぐわうっ!
先頭の犬、ケルがカークに飛び掛かった!
木槌を振り回し応戦するカーク。
しかしケルは器用に空中で木槌を避けてのけた。
地面に着地して体をカークに向ける、と同時に再び飛び掛かる。
その間二匹目の犬、ベロが飛び込んできた。
カークの脇を通り過ぎて行く。
そしてベロの真ん前には青ざめた顔のマリーが傲然と立ち塞がっていた。
ベロが真正面から襲いかかりマリーの肩口に噛みつこうと口を大きく開いた。
「ああああっあ〜!」
マリーは足を一歩引いてベロの噛み付くタイミングをずらした。
そして開いた口の前に右手の手刀を差し出した。
否応無しに手刀に噛みつかされるベロ。
表情も変えずマリーは手刀をベロの喉奥にまで突っ込んだ。
まるでやり慣れた作業でも行うかの様に。
更にマリーは左手でベロの耳を掴んだ。
その跳躍の勢いのままにベロとマリーが床に倒れ込む。
どさっ
もつれ込んだ一人と一匹だがすでにベロは突っ込まれた手により嗚咽をしていた。
巨体を丸めて呻き声を上げる。
マリーは掴んだ耳元に顔を近づけた。
口先を耳に触れさせた。
「 わ っ !! 」
ぎゃい〜ん!!
幼少期のトラウマに怯えるマリーですが……
その割に強いのは何でしょうかw
過去に何があったのやら。