第十二話 力を試す
「おはようございます!お待ちしておりました~」
馬小屋に着いた二人をビスケが待ち受けていた。
「王女様、おはようございます!」
流石に馬小屋にいる者全員も挨拶をした。
色々あったが相手は王太子妃なのだから。
「皆さん、おはようございます!」
挨拶が終わると彼らはそれ以上は立ち入らない様そそくさと仕事に戻って行った。
腫れ物みたいな扱いだがマリーは気にせずビスケに問うた。
「ビスケさん、馬の方は?」
「はい、こちらをご覧に」
見ると三頭の馬が並んで繋がれている。
左から白、茶、黒。
白はマリーの銀星号、黒はカークがマリーを追いかけた時に乗った馬。
銀星号に近寄り頭を優しく撫でさすりながらマリーが聞いた。
「真ん中がビスケさんの馬ですね?」
「はい。三頭とも色違いですので遠目にも分かりやすいです」
「名前は?」
「まだ決まってません……マリー様やカークさんの様に色で名前を付けようと思ったのですが良いのが思いつかなくて……」
「えっと、カークさんの馬は何と言う名ですか?」
「はっ、黒金と言います」
「クロガネ……なるほど良い名です。ビスケさん、一刻も早くパリへ行きたいです。名前は後でゆっくり考えれば良いでしょう」
「分かりました(本当はマリー様に名付けて欲しかったんだけど……)」
その時カークが一歩前に進み出た。
「その前に……」
「え?まだ何か……」
「私ら急ごしらえの二人だけでマリー様のお供をする、これはかなり強引なやり方です。王太子様は認められましたが、もし国王様だったらどう判断されていたか……だから国王様には敢えて聞かなかったのでしょう?」
「それはそうですね」
マリーも特に否定はしなかった。
「マリー様が強引な方なのは嫌と言うほど知っています。それは甘んじて受け入れますが、せめて我々自身が互いの力を確かめ認め合わなければパリへ行くべきではありません」
「……力試しですか」
「私もビスケも実力を見せてません。私など乗馬だけです。そんな私らに目をかけてくれたマリー様には感謝しておりますが……」
「なるほど、必要だと」
「はっ」
「ビスケさんもいいですか?」
「はい、互いを知るには良い機会です」
「では外では目立つのでここでやりましょう」
えっ……?
作業しながら聞き耳立てていた馬小屋の労働者達の動きが止まった。
ここは馬小屋なんですが。
「ここは馬小屋なんですが、とても大きく広いので小屋の片隅で皆様の迷惑にならない様に行えます。なので大目に見てくださいませんか?ご無理でしたらそうおっしゃって下さいね」
おっしゃって下さいと言われても王太子妃相手におっしゃれるものなのか?
などと躊躇していると。
「いいじゃねえか、やってもらおう」
一人の男が声を上げた。
「お、おい何言うんだ」
「俺達ゃ見ているだけだ。誰も困らねえさ」
男はマリーに向き直った。
「昨日マリー様の大立ち回りを見ましたぜ。とても俺達の逆らえるお方じゃねえや。好きにして下せえ」
「まあ、ご覧になってらしたの。あまり大袈裟に言わないでね。一応カークさんがやった事にしてありますので」
「いや皆に言っても信じてもらえなくって、あ、ビスケのねーちゃんに馬あつらえたの俺だよ」
「あら、そうでしたの。名前がまだ決まってないそうでしたが」
「ああ、あれは名前があったんだが、ヤバい名でよ。で、つけ直してもらおうと言うこってす」
「まあ、そんな事もあるんですか~」
「馬主が決まるまでの間に名前が無いと困るんで適当に名付けとくんでさあ。適当すぎて貴族の御方が聞くと卒倒しそうなのもあって。んで名前変えても馬が前の名前で呼ばねえと反応してくれなかったりして大弱りって話も」
「うふふふ、それは面白い」
「そういう名の馬で結局馬主が決まらずに俺が引き取ったのがいるんでさあ」
「そうですか、お名前は何というんですか?」
「俺はバジル。バジーと呼んでくだせえ」
「バジーさんですか。よろしく。でも聞いたのは馬の名前だったのですが」
「えっ?あ、そうか。馬の名はちょっと言えねえです」
「あら、ダメなのですか?」
「フランス王国のお姫様に言ったら俺が処刑されちまうので勘弁してくだせえ」
「それは残念……分かりました。ところでバジーさん…」
「マリー様!! 本題に戻って下さい!!」
見かねたカークが割って入った。
一刻も早くパリに行きたいと言ってたよね?
「おお、そうでした。では小屋の隅をお借ります」
言いながら小屋の隅っこへと歩いて行くマリー。
カークはきょとんとするビスケの目を気にする事なく、額に手を当て首を振った。
(この人、本当に平民と話すの好きだな。パリの街は遠いなあ~……)
これはもうしばらくパリへ行くのは考えない方がいいか?
カークも言ってるし(笑)。