第百話 会議当日
「ふん、経済に首を突っ込むのか」
モルパは不愉快そうに腕組みした。
「素人が手を付ける物ではないな」
彼の前には例の兵士が立っている。
モルパの差し金でテュルゴーらの執務室で護衛していたのだ。
会話の一部始終をモルパに伝えた訳だ。
「何か良い手は無いか?」
こうして彼はマリーに対する大小様々な策を捻り出そうと知恵をしぼるのだった。
相手が経済の初心者ならそこを徹底的に突けば良いだろう。
これは会議の中で行う事になる。
しかしモルパ自身は軍人出身でそこまで経済には詳しいとは言えない。
適当な指南役が要るかもしれない。
「う〜ん……」
もしかしてこれ、自分が勉強しないといけないの?
そして国務会議の日。
国王と共に会議場に入室したマリーに声をかけたのは……
「国王様、王妃様、お勤めご苦労様でございます!」
「おう、モルパ殿か。今日はよろしく頼む」
「これはモルパ様、お元気でございますね」
「いえ、老体鞭打って働いております。それはそうとこの様な会議に頻繁に参加されるとは余程興味が深いのですかな?」
「そうですね。自分にやれることはやっておかないと。パリを綺麗にするためにも」
「ああ、例の事業ですな」
事業……
「大変でしょう。採算も考えねばならないでしょうから」
「おお、よくお分かりで! 事業と呼んで頂けたのは初めてです!」
前向きに受け止められた。
まあいい、ここからだ。
「しかし自ら事業を執り行うつもりなら経済をも学ばねばいけないのでは?」
「そこまでお考え頂けるとは! お心遣い感謝します! 実は学ぼうとしている所です」
「ならばこれを……」
モルパが懐から取り出したのは一冊の本だった。
「経済を学び語るならこの本をお読み下さい。経済に携わる者なら皆読んでます」
モルパの差し出した本はかなり分厚かった。
目を見開きマリーは本を見つめる。
「ほう、そんな本があったのですか?」
「ご存知ありませんでしたか? この本を読まずして決して経済を語る事なかれと呼ばれている著名な本です」
その理屈から言うとこの本を読んでもいないマリーはこの会議で経済を語る事は出過ぎた真似という意味だろうか?
なんとせせこましい嫌がらせだろうか。
会議直前に本を渡すのもせせこましい。
しかしマリーはモルパの言葉に目を輝かせていた。
「まあ、何と親切な! 会議が始まる前に助言いただけるとは。そんな本があるとも知らず会議に臨もうとしていたなんて。迂闊でしたわ」
素直だな、とモルパは思った。
まあ嫌がらせと受け止められなかった方が都合良いだろう。
王が横にいるのだし。
マリーは差し出された本を受け取るとそそくさと議長席に向かった。
その動きに会議室にいる者の視線が集まる。
会議室には机は議長席にしか無い。
マリーはその机の上に本をでんと置いた。
その動作に皆は何が始まるのか固唾を呑む。
表紙がさっと開かれた。
マリーは開かれた本から二十センチ程離れた位置に顔を固定し目を向けた。
突然恐ろしい勢いでページがめくられ出した!
しゅ! しゅ! しゅ!
風を切る様な音を立てて秒当たり二回のペースでページがめくられ続ける。
見ている者達は一体何が起きているのか全く理解できなかった。
(な、何をやっているのだ?! 王妃は……)
モルパはマリーがおかしくなったかと思った。
手の動きのみならず目玉の動きも何か異様だった。
一分も経たない内に本はぱたんと閉じられた。
「読みました」
ええ〜!?
第百話です。
だからどうだという事はありませんw
モルパの嫌がらせはちょっとせこすぎでしたかね。