3003年12月17日
3003年12月17日。
ヤーネンドン王立自然史博物館に収蔵される。
標本番号:VMNH - 99 - 5866。
朝9時頃。
早速、ロードライト館長がサウロンサウルスを見に現れた。
「グラント、バーク。
おめでとう。」
「ありがとうございます。
館長、ようやくですよ。」
グラントが館長と握手する。
良く日焼けした大男は、にこやかに含羞んだ。
「で、サウロンサウルスの標本はどこだね?」
ロードライトは、不思議そうに部屋を見渡す。
サウロンサウルスは、体高9m前後になる。
この部屋もサウロンサウルスを収納するために作られた。
巨大な標本が部屋の中央に置かれているハズである。
「え?
館長、いったい何の冗談ですか……。」
生きていれば12トンの巨大な恐竜である。
オスのアフリカゾウの2倍だ。
500m離れていても見失うはずなどない。
この半年を費やし、ようやく組み上げた。
完全なるサウロンサウルスの全身標本だ。
「君。
君は、見えるか?」
館長が古代東洋史のロバート・アスピンドールに訊ねた。
やや肥り過ぎの毛がある老人は、首を傾げる。
「ロードライト男爵。
悪い冗談は、止めてくれ。
この部屋のどこに二本足で立ったトカゲの骨の標本があるのかね?」
ロバートは、真剣な顔でグラントにも訊ねた。
「グラント君。
館長と二人で私を揶揄っているのなら正直に答えて欲しい。
私も良い歳なんだが。」
「博士、そっちこそ酷い。
こんなのは、冗談になりませんっ!」
グラントは、怒りと悔しさを顔に浮かべて叫んだ。
その目は、決して悪ふざけしている訳ではないと訴えている。
しかしロバートも嘘は言えない。
「………すまない。
君が真剣なのは、分かったが……。
私には、この部屋には、何もないようにしか見えない。」
今度は、植物学のエリナ・マクフェアノールだ。
「………腕の指の数は、3つ?
いえ、鉤爪がない指があって4つなのね。」
彼女には、サウロンサウルスが見えていた。
事前に知らないはずの彼女は、正確にサウロンサウルスの特徴を答えられたのだ。
「ま、待ってくれ。
マクフェアノール、それは、本当に見えているのかッ?」
「はい、館長。
大きなトカゲの標本が私には、見えます。」
決して目が良い訳ではない初老のマクフェアノールだ。
老眼鏡越しに何度も何度も睨んでは、グラントの質問に答えていた。
「ここが尻尾の先端です!!
見えますね、マクフェアノール博士!!」
「ええ、当たり前です。
バカにしてるんですか?
尻尾ぐらい分かりますとも。
猫や犬ぐらいは、見たことありますもの。」
といってマクフェアノールは、手を顔の前で振った。
館長とグラントは、顔を見合わせる。
次に呼ばれたのは、古銭史のフランシス・ヨージェフ・デュッフェだ。
「おいおい、朝から何だい。
知ってるよ、新しい古生物学の標本を保管する部屋だろ?」
「サウロンサウルスだッ!!
見えるか、フランシス!?」
館長は、細い指を空中に向けてツバを飛ばして叫ぶ。
隣でグラントも逞しい腕を上げて早口で捲し立てる。
「そっちじゃないです、館長!!
デュッフェ先生、あちらです!!
あちらに恐竜の標本が見えますか!?」
「………見えんな。」
デュッフェがそう言うと館長もグラントも地団駄を踏む。
「頼むから見えると言ってくれ!!
発掘からここまで50万ドゥカティかけたんだ!!」
「うう、どうして……。
発掘現場では、こんなことなかったはずなのに。」
館長とグラントは、必死に訴える。
しかしデュッフェには、何も見えなかった。
次は、モーリス・モートン・モレル。
中世セパントスの武具、兵器などを担当している。
「羨ましいねぇ。
でも、これだけ立派なトカゲの骨になら50万ドゥカティも分かるかな。」
「分かりますか!?」
「ああ、デカいね。
世界一デカいトカゲなんだろ?
良かったじゃないか。」
などとモレルは、いい加減な調子で答える。
館長もグラントも次第にイライラして来た。
「おい、モレル君!!
本当に見えとるのだろうな!?」
館長は、頬こけた顔を真っ赤にして喚き散らした。
杖で床を何度も突き、歯軋りしている。
「はあ…。
ここだろ?」
モレルは、標本のところまで歩いて行って両手を上げた。
「触らないで!!」
グラントは、目玉が飛び出すぐらいの剣幕で叫ぶ。
手を頭の上でヒラヒラさせるモレルは、呆れたように苦笑いしていた。
「分かってるよ、グラント。
触ったりしないよ。」
かつて大英博物館のロゼッタストーンは、触ることが出来た。
そういう時代もあったのである。
「もう良いかい?」
「ああ、戻ってくれモレル君。
君の方も忙しくなりそうだからな。」
館長に急かされ、やる気の無さそうな中年男が部屋から出て行った。
「だと良いけど。」
と大きな独り言を呟きながら…。
次は、岩石・鉱石のマリアンナ・ジェン・ハインドマン。
「ええ?
………ええっ?」
ドレッドヘアを指に絡ませてマリアンナは、目を細める。
唇を尖らせて前屈みになり、じっと前を見ていた。
「館長、ここに何があるってー?」
「サウロンサウルスだよ。
世界最大の恐竜、現代に蘇った神秘だ!」
老紳士は、腕を組んでマリアンナの周りをグルグルと歩き回っていた。
彼女には、見えないということはほぼ確定したのだから。
「サウロンサウルスは、無色透明なの?」
「いや、そんなはずはなかった。」
とグラントが残念そうに答えた。
すっかり彼は、疲れ切って下を向いている。
「ああ、分かった。
不信心者には、見えない恐竜ってことですね。」
「揶揄ってる訳じゃないっ。」
館長は、足を止めると扉に手をかける。
「悪かった。
見えなければそれで良いんだ。
もう仕事に戻ってくれ。」
といって手を振った。
マリアンナは、片方の眉を吊り上げて部屋から出て行く。
「ねえー館長ー。
権威ある白人男性が若い黒人娘を揶揄ってるって訴えますよ?」
「頼むから心臓に悪い冗談は、止してくれっ。」
館長がそういうとマリアンナは、悪戯っぽく笑った。
残された二人は、どっと疲れている。
まる1日かかっても謎は、深まるばかりだった。
サウロンサウルスが見えるという人間と見えないという人間に共通点はない。
ただハッキリしているのは、はっきり見えるか見えないかに別れるということ。
薄っすらとしか見えないとか一部分だけ見えるという事はなかった。
「分らんな。
これは、大問題だぞ。」
「館長。
サウロンサウルスを公開するのは、止めておきましょう。」
「いや、案外面白いかも知れんぞ。」
「面白い?
確かに面白いだろうな。
目を細くした客がズラーっと並んでいるのはな。」
「いや、何か法則があるのかも知れない。」
「サウロンサウルスの法則かい?」
「そうだ。
一般に公開して何か法則みたいな物が分かるかも知れない。
これは、実験だよ。」
「館長。
人体実験してる博物館があるって訴えられませんか?」
「マリアンナ。
君は、何だ、あれか。
なんとしても私が訴えられるのを見たいのか?」