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真冬に半袖を着て歩く

秘密

作者: 相沢ごはん

pixivにも同様の文章を投稿しております。


(ゆるふわ設定なので、細かいことは気にせずふんわり読んでいただけると助かります)

 私でも描けそう。

 色鉛筆を握る小夜の手元を見ながら、そう思った。というか、私なら、もっとうまく描ける。

 かわいらしい小さなカードに描かれたイラストは、お世辞にも上手とは言えない。男か女かも判らないその人物のイラストを丁寧に丁寧に描いている小夜の口元は、楽しそうにほころんでいる。

 先日、制服を半袖から長袖に変えたばかりだというのに、西日が射し込む放課後の教室は、汗ばむくらいに暑い。

「それ、なんなの?」

 私は小夜に尋ねる。小夜は、カードに描かれた人物の頭に、黄緑色のリボンを描き足し、顔を上げて私を見る。あ、女だったんだ、と描き足されたリボンを見て、私は思う。

「もうすぐ、テルちゃんの誕生日なの」

 小夜はにっこりと言った。

 テルちゃんというのは、小夜の幼馴染だ。名前を大原輝雄という。なかなかの男前だ。同い年の他の男子のようながさつさが全くなく、物腰がやわらかくて誰にでも優しい彼は、女子に人気がある。周りは小夜と輝雄が付き合っていると思っているようだけど、小夜が言うには、「テルちゃんはお友達よ」らしい。その言葉を、まるまる信じていいものかどうか判らなかったけれど、輝雄のことを、いいなと思っていた女子たちは、とりあえずほっとしたようだった。

 私だって、例外じゃない。

「じゃあ、これバースデーカード?」

 私の言葉に小夜はうなずいた。

「テルちゃんには、秘密ね」

「この絵の女の子は誰? 小夜? 小夜より髪短いけど」

 小夜は小さく首を振る。

「これは、テルちゃん」

 小夜は言った。

「え、でもリボンついてるよ」

「リボンがあったほうが、かわいいでしょう」

 そう言って、小夜はにっこりする。

「テルちゃんのマフラーと同じ鶯色なのよ」

 バカじゃないの、と私は思う。なんで、男の頭にリボンなんか付けるんだろう。小夜の思考回路が、私には全く理解できない。

「ねえ、小夜は本当に輝雄と付き合ってないの?」

「水絵ちゃんも、テルちゃんって呼んだらいいのに」

 小夜は、私の問いに、とんちんかんな答えを返した。

「なんで」

「輝雄より、テルちゃんのほうが、かわいいでしょう」

 小夜は言う。バカじゃないの、とまた思う。男がかわいくて、うれしいわけないじゃん。

 だけど、輝雄は小夜に名前を呼ばれると、にっこりと笑うのだ。それはそれはうれしそうに笑うので、ああ、これは負けたなと、いつも思う。

 そもそも、最初から負けていた。勝負になんてなっていなかった。あのふたりの間には、入り込めない。

 私が小夜に勝てることはたくさんある。勉強もスポーツも、小夜よりも私のほうができるし、絵だって私のほうがうまいはずだ。少なくとも、私は男の頭にリボンなんて描いたりしない。

 だけど、輝雄は小夜じゃないと駄目なのだ。他の誰でもなく、小夜じゃないと。

 ふたりがくっついて笑い合っているのを見るたびに、そう思う。本当に付き合ってないのかあ? と思う。

「小夜ちゃん」

 教室前方のドアから入ってきた輝雄が、小夜に声をかけた。

「テルちゃん」

 小夜はそれに応え、

「水絵ちゃん、水絵ちゃん、カード隠して」

 ひそひそと慌てたように言い、自分は色鉛筆を通学鞄に滑り込ませている。私もつられて慌ててしまい、机の上のカードをあわあわとセーラーの胸ポケットに隠す。

「もう終わったの?」

 小夜は、何事もなかったかのように輝雄に言う。輝雄は、進路のことで職員室に行っていたらしい。

「うん。帰ろう」

 輝雄はうなずいて、私のほうを見た。心臓がどきりと鳴る。

「水絵ちゃんもいっしょに帰ろうよ」

 そう言って輝雄が笑ったものだから、初めて私の名前を呼んだものだから、私の心臓は早鐘のように鳴りまくって、返事ができない。

「あ、ごめん」

 輝雄に謝られ、我に返る。

「小夜ちゃんがいつもそう呼んでるから、つい。ごめんね」

 私はぶるぶると首を横に振る。

「いいの」

 なぜか、小夜が言う。

「水絵ちゃんも、今日からテルちゃんて呼ぶもんね」

 なにを勝手に、と私は小夜をにらむ。小夜はおっとりと笑っている。暖簾に腕押し女め。

「本当?」

 輝雄が私を見た。

「そっちが、い、いやじゃなければ、ね」

 何気ない感じを装って言ったつもりが、どもってしまう。恥ずかしい。

「いやじゃないよ」

 と輝雄が笑うので、私は試しに呼んでみた。

「テルちゃん」

 その瞬間、輝雄は、ぱあっとうれしそうに笑った。そして、なにやら小夜の耳元でひそひそ言い、ふたりでくっつき合ってくすくすと笑っている。

 イチャイチャしやがって。

 そう思うのだけれど、輝雄のあの笑顔が自分に向けられたことに、どうしようもなく感動してしまった。どうやら輝雄は、テルちゃんと呼ばれるほうがうれしいらしい。

「小夜」

 私は、輝雄から小夜を引っぺがす。

「これ」

 輝雄に背を向け、こっそりと胸ポケットから取り出したカードを小夜の手に渡す。

「大事なものでしょ」

 私が言うと、

「うん」

 小夜はうなずいて、

「ありがとう」

 と笑った。

「なあに?」

 輝雄が小夜の手元を覗き込もうとするので、私はそれを自分の身体で隠し、小夜は急いで鞄にカードをしまった。

「秘密」

 小夜が言い、私も、うんうんとうなずく。

「なかよしだね」

 と輝雄が言う。

 そうだよ、と私は思う。私と小夜は、なかよしなんだから。

 小夜と輝雄の間には、誰も入れない。それは悔しいしつらいし、小夜に嫉妬したりもするけれど、だけど、私は小夜のことも好きなのだ。輝雄と同じくらい、小夜のことも大好きなのだ。

 私は、輝雄がいつもしているみたいに小夜にぴったりとくっつき、小夜の腕をぎゅっと抱く。

「どうしたの、水絵ちゃん。暑いじゃない」

 小夜がおっとりと言う。

「甘えん坊さんね」

 心外だ。私は、甘えてなんかいない。ただ、ちょっと今は他にどうしようもない気持ちなだけだ。

「水絵ちゃんも、小夜ちゃんが好きなんだね」

 そう言って輝雄が笑い、小夜もにっこり笑った。

 「も」ってなんだよ。「水絵ちゃんも」って。輝雄も小夜のことが好きなんだね。知ってるよ、もう。ずっと前から知ってるよ。

「あたしも、水絵ちゃんが好きよ」

 小夜が言う。私はなにも言わない。ただ心の中だけで、私も、と思うのだ。

 私も小夜が好き。小夜はちょっと変な子だけど、私だって、小夜が好き。でも、悔しいから言ってあげない。

 これは、私だけの秘密だ。



ありがとうございました。

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