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瞬間循環9

<姉>


 化学室の独特の匂いは夜も健在だ。

 薬品と潔癖さとが良い塩梅で混ざったような匂いは、私の気持ちを落ち着かせてくれる。


 さて、室内を見渡す。深緑の長方形のテーブルが左右に、縦に3つずつ並んでいる。


 一番右の奥の方に教師用のテーブルとホワイトボード、そしてそれとは反対側の、教室の一番左端に実験用具を入れている棚があった。


 映画とかであれば人体模型が動いたりする場面だけど、そんなことになったら興ざめだ。

 そもそもこの学校で人体模型なんて見たことはないが、あっても控室の中で静かにじっとしておいて欲しい、私の行動はB級ホラーに属するものでは無いのだから。


 深緑のテーブルが縦に並ぶ中央を颯爽と抜けて、実験用具の棚へと向かう。この棚に鍵がかかっていないのは授業の時に確認済みだ。


 扉の中から、フラスコとビーカーを取り出し、一番近くのテーブルに置く。

 そのテーブルにリュックを下ろし、私はその中からお目当てのものを取り出す。


「えびスティック」と「ポールポテト」

 言わずと知れた有名なお菓子メーカーのスナック菓子である。


 ふんっと力を入れる。袋の口がひし形に開く。二匹のまぬけな魚がビーカーの横に並ぶ。


 そのぱっくり開いた口に手を入れて、お菓子を取り出し手で粉々に潰す。

 そしてそれを丁寧にビーカーとフラスコに詰めていく。


 これを同じリズムでテンポよく餅つきみたいに繰り返す。


 しばらくしてビーカーとフラスコは、透明なところが全くなくなった。全ての容量を、肌色の粉に支配されたのである。まるで人間を作る材料が入ってるみたいで可愛い。


 想像してみるにポテチやスティック達はおそらく、袋に入り出荷された時点で、自分は完成形だと思っていたに違いない。


 しかし、完成など人生にはなく、常にその先があるのである。それを身をもって私が思い知らせてあげているわけだ。


 しかし宴はまだまだ序の口である。というより君たちはその宴を構成する一部にしか過ぎない。


 再びリュックを背負い、肌色のフラスコとビーカーをもって次の目的地へ向かう。

 廊下から階段に戻り、2階へ。目指すのは私の教室だ。


 階段から左へと向かい、しばらくすると見慣れた教室が見えてくる。


 まずは教室の外に並ぶ個人用ロッカーへと向かう、左の端の一番上が私のロッカーだ。

 その中に手を入れる、暗くてよく見えないが手触りで、お目当てのものを探す。


 ごわごわする欠片が4つ指にあたったので、それをロッカーから掴みだす。


 これは私が、プールサイドの脇に放置され、崩れかかっていたビート版を拝借し、さらにそれを4つに切り分けた物で、いつか使う日に備えて取っておいた品だ。


 その4つの運命の欠片をリュックにしまう。

 もうここには用はないので、立ち去ろうと背を向けるが、なぜだか自然と足が止まる。


 体が命じるがまま、さっと方向転換をし、教室の中に入る。


 取っ手に手をかけ、ゆっくり扉をずらす。

 中に入ると教室のカーテンは閉まっておらず、窓から月が見える。


 しかし、教室にはその光の恩恵はなく、しっとりとした闇に包まれていた。


 闇と静寂の中で、それとは無関心に存在する椅子と机。こうやってみると不思議な空間だ。


 さて、どうせ入ったのなら、それなりの証を残そう。


 机と椅子たちの、澄ました横顔を泳ぐようにホワイトボードまで進む。


 うやうやしく腕組みをし、白い板をあますことなく全て眺めた後、下の部分に付いた出っぱりに置いてあるペンを取る。


 感覚的に言葉を思い浮かべ、そこから直観でチョイスした言葉を、逡巡せずに一気に書く。


 文字が滑るように時空に現れる快感が、指先を支配する。


 書き終えてすぐにペンにキャップをはめ、教室の中央に移動。ここからだと文字を含めてホワイトボードの全景が見える。


 あと少しだ

 待っていろ


 うん、非常にいい。簡潔でかつ、非常に啓示的だ。


 メッセージを残すことは、敵に塩を送り自分の首を絞めることになる気がしないでもない。


 しかしメッセージを理解し、こちらを掣肘しようとしたところでもう手遅れだ。私は真理のしっぽをつかみかけている。

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