シカイ⑧
「さて、圭吾先輩をからかうのはこれくらいにしておいて」
「『圭吾先輩』ですか・・・」
先輩は呼び方に少し不服そうだ。
「ダメです。夢は夢現実は現実、呼び方は俺が決めます」
ケイ先輩と特別な呼び方をしたのはきっと先輩と夢の中で恋人になったから。どんな夢を見たところで現実の関係が変わることなんてない。もしかすると本当にそんな未来があるかもしれないけれど今は先輩と後輩という関係でしかないから圭吾先輩だ。
・・・まぁ、俺のほうもちょっと夢にいろいろと気づかされてしまったから愛してくれ続けるならなくはないかもしれない? いやさすがに恋愛はどうなんだろう? 愛されたくは思うけど人を本当に愛せるのか?
「一ついいですか?」
「うん?」
「名前を憶えてくれたということはすこしは興味を持ってくれた。そう考えてもいいのですか?」
「・・・秘密」
「そうですか」
何かを察したかのようにほおが緩む先輩。
さすがにごまかせない? 無理っぽいよねー・・・まぁ、とりあえずいえることは
「ありがとうございます、愛してくれて。これからは遠慮なく踏み込んでいきますのでよろしくお願いします」
「はい、よろしく。私の、いや俺のお姫様」
そう言って片膝をつき右手の甲に口づけを落とす。
よくもまぁそんな童話の王子様のようなこと平然とできる。もしかするとあなたの騎士や王子様でありたいという宣言なのか、単にその場のノリや夢の中の俺が喜んだことなのか定かではない。ただ、言えることは・・・。
「えい!」
ともにあることを誓った王子さまの無防備な額にデコピンをする。
全く効いていないようではあるが、突然のことに鳩に豆鉄砲を打ったようにきょとんとした表情を見せる。
「姫は無しです」
何その少し不服そうな顔。
確かに圭吾先輩は愛してくれる王子様の一人だ。でも、俺はお姫様なんて柄じゃない。
「お姫様みたいに待ってる気はありませんので、欲しいものは自分から手に入れに行くと決めました」
異能力や怪異事件が飛び込んできて待ってるだけで楽しいことが舞い込んでくるから勘違いをしてた。
持ち前の才能と運だけで幸せが降ってくるのを待つシンデレラなんて柄じゃない。姉の様にわがままにいろんなものを自分から手に入れに行きましょう。それがたとえガラスの靴を履くために自分の足の肉をそぎ落とすことになろうと。たとえその先に幸せじゃない未来が有ろうと。救われるのも愛されるだけもつまらない。もっとわがままな悪役のようではないと。
きっと本心がこんなのだったから、秘めていた願いが傲慢だったからこそ唯一の悪に選ばれたのだと思う。
願いの輪郭がやっと見えた。中学の時のやらかし、あの時足らなかったものはこの異能力があれば問題ない。
勝てないようにできていても願いがかなわないわけではない。なら、タイムリミットまでに作ってしまえばいい。
タキシードを脱いだのならばコルセットを身につけろ、女性より美しくあれ。
あの頃完成しなかった自分を囲う理想のナイトたちをはべらかせよう。
「・・・ほんとわがままなお姫様だ」
そう言って笑う圭吾先輩。
でもまぁ一つだけ。
「やっぱりお姫様呼びはなしで」
いや、だからなんでいやそうな顔するの?
「タキシードを脱いだのならばコルセットを身につけろ」はネットで脱コルセット運動を見て思ったことの男性バージョン。
ただ男性が好む女性らしくあるためにメイクや体型維持をやめるだけでは諦めと怠慢の理由付け
なら、男性よりもかっこよく男などいらないと圧倒してやろうという強さがあればそれはあきらめじゃなく男性への復讐になる。「コルセットを脱いだのならばタキシードを着て見せろ」