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夜会の朝

 

 あれからヴィンセントとリリエルの距離は少しずつ縮まっていた。

 夜は未だ別々の部屋で寝ていたが、挨拶する度に口付けする事が増えたのだ。


 ヴィンセントが夜中に飛び起きる事も減っていった。目の下の隈が薄くなっていった事に、周りの者は安堵していた。


 ちなみに記憶の件も全てリリエルに話した。

「そんな大事な事黙ってるなんて!」と怒られた。

 ただでさえ王太子から与えられる激務に加え、睡眠もろくに取れないのでは身体を壊す。

「私を未亡人にしたくないなら今すぐ別の顔に上書きして下さい」

 と言われ、ヴィンセントはリリエルに贈り物をした時のはにかむ笑顔を焼き付けた。


 本音を言えば口付けた後の照れ笑いが良かったが、リリエルに止められた上、思い出す度違う意味で悶えそうなのでやめた。


 ヴィンセントの護衛に着いているロイドは、今までリリエルに黙っていた事を詫びた。

 ヴィンセントから「リリエルには内緒で」と言われ忠義の間で揺れていた。

 元々ヴァーナ伯爵からは「怪しい素振りがあればリリエルに報告を」とは言われていたので、報告すべきか迷っていた部分があるのは仕方無い事だった。


 その後は「どんな事でも隠し事はしない」と約束した。


「情けない姿も全部受け止めるから、二人で一緒に考えましょう」

 ヴィンセントは何度目かリリエルに惚れた。


 そんな二人を、侯爵邸に勤める使用人達はようやく一歩進めたとにこやかに見守っていた。


 夜会の為の宝石も後日買いに出掛けた。

 ヴィンセントの瞳の色であるエメラルドグリーンのイヤリングとネックレス、髪飾り。

 リリエルの瞳の色である澄み渡る青空の色のカフリンクスをそれぞれ身に着ける事にした。



 そしてあっという間に夜会当日の朝になった。


「今夜が楽しみですね。そう言えば重大な発表があるんですよね」


「ああ。今日発表すると聞いているよ。

 俺の口からは言えないから発表まで楽しみにしていてくれ」


 リリエルはヴィンセントの何気無い変化に内心そわそわしていた。

 ヴィンセントの一人称が、『私』ではなく『俺』に変わったのだ。

 丁寧な口調から砕けたものに変わった事は心の距離も縮まった気がして嬉しかった。


「ふふ。どんな発表か楽しみです」


 おそらくあの事だろう、とは思っているが、王室が非公開にしている以上例え夫婦の会話でも話す事は憚られる。なのでリリエルも予想はつくが心に留めておいた。


「ところで今日は王城から直接来るんですよね?会場の入口でお待ちしていますね」


 王室主催の夜会当日でもヴィンセントは王太子から呼び出しを受けていた。

 なので本来ならば邸宅から王城まで一緒に行きたかったがそれは叶えられなかったのだ。


「すまない、リリエル。夜会開始までには間に合うようにするから入口で待っててくれ。護衛も着けるから」


「分かりました。とびきりお洒落して待ってますね」


 そう言ってリリエルは支度途中の夫の頬に口付けた。

 不意打ちの口付けにヴィンセントは顔を赤くして、リリエルにお返しする。


 そうして軽い口付けの応酬に、側に来ていた執事が軽く咳払いした。


「旦那様、そろそろ朝食を召し上がらないと間に合いませんよ」


 二人の世界に入り込む寸前で止められ、ヴィンセントはがくりとリリエルの肩に額を着いた。


「…はあ、仕事行きたくない…。リリエルと一緒にいたいし、着飾った君を誰より先に見たい……」

 ぽそぽそと駄々をこねるヴィンセントの肩をぽんぽんと叩き、二人は離れた。



 それから朝食を頂き、いよいよ出発すると玄関先まで見送る。


「…あっ、ヴィンセント様」


「ん?忘れ物かな?」


「いえ、……出発前に言う事じゃ無いかもしれませんが」


 顔を赤くしてもじもじするリリエルをきょとんとした目で見る。

 暫く手を組み替えながらもちもちしていたが、意を決してリリエルはヴィンセントに耳打ちした。


「…良いのか?………本当に、君に触れるのが、俺で」


 それはリリエルからの誘い。

 妻から言うのはどうかと悩んだが、やはりリリエルの気持ちは一つだった。


「あなたがいいのです。あなた以外はいらない」


 その言葉に歓喜したヴィンセントは、躊躇いがちに口付け、リリエルが委ねて来ると深いものに変わる。


 暫くして名残惜しく唇を離すと、ヴィンセントはリリエルを抱き締めた。


「愛している、リリエル。俺が今幸せであれるのは、君がいるからだ。どうか、俺の本当の妻になって欲しい」


「愛しているわ、ヴィンセント。私を本当の妻にして下さい」


「ありがとう、リリエル。愛している……」


 そうして再び口付けようとすると、「んっん」と咳払いが聞こえた。


 護衛のロイドである。

 あまりにも主人が出て来ない為様子を見に来たのだ。

 愛し合う夫婦の時間を憚るのは気が引けたが、ヴィンセントは出勤の時間になっていた。


「今日ほど行きたくないと思った事は無い…」


 そう言って再びリリエルの肩に顔を埋める。

 リリエルは苦笑してその背中を撫でた。


「今日は夜会があるが、早目に帰ろう…」


 ぽそりと呟かれた言葉の意味を理解してリリエルは赤面した。

 途端に心臓が早鐘を打つ。

 けれどもそれは、不安はあれど期待もあった。


「改めて言うと照れますね」


 そんなリリエルをもう一度抱き締め、軽く口付けてから名残惜しげに離れて行く。


「じゃあ、行って来る」


「行ってらっしゃいませ、旦那様」


 そうしてにこやかに夫を送り出し。


 リリエルは夜会の準備をしながら、時間まで浮ついた気持ちで過ごしたのだった。


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