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王太子妃ミリアリア

後半、「婚約者〜阻止されます」の二人がメインです

 

「あら、あなたはフォルス侯爵の…」

 夫に届け物をしに来たリリエルの後ろ姿を見て、麗しの女性が話しかけた。

 リリエルは向き直りハッと目を見張り慌てて礼をした。


「ご機嫌麗しゅう存じます、王太子妃殿下。フォルス侯爵夫人リリエルでございます」


 リリエルに話し掛けたのは王太子妃のミリアリアだった。

 二人は面識こそ無いものの、ミリアリアはあの事件以来リリエルの事を頭の片隅に置いて気にしていた。


 だが、あの後すぐ王太子であるクロードに

「これからは愛を伝える事にした。まずは王宮で一緒に暮らそう」

 と言われ捕われて(?)しまったのと成婚に向けての準備に忙しく、その後も中々連絡が取れず、結局出会う事ができないまま今に至る。


 再婚約を経て結婚する時クロードと共に列席はしたが、その時はすぐに帰ってしまった為ろくに話もできなかった。

 ミリアリア自身も王太子妃としての業務があった為自由な時間もままならないが、呼びつける程親しくないしその為に身分を使おうにも純粋に仲良くなりたいミリアリアは乗り気になれなかった。

 そこへ偶然にも意中の人に出会え、思わず声を掛けたのだ。


「リリエル様、顔を上げて。あなたの事は知っているわ。私の事はミリアリアと呼んでちょうだい」

 王太子クロードと結婚して妃殿下となったミリアリアは、慈愛の笑みを浮かべた。


「ねぇ、リリエル様、お時間あるかしら?お茶でもどう?」

 リリエルは夫の忘れ物を届けに来たが、ちょうど渡し終えた後で帰宅する所だった。

 今日は何も予定は無いし、妃殿下の誘いを断る理由は出来なかった。

 なので「光栄ですわ」と了承した。



 ミリアリアのお茶会は庭で行われた。

 二人だけだったが、ミリアリアのさり気ない気遣いにより、リリエルはあまり緊張せずに話せた。


「ところで、リリエル様。その…お会いできたらお聞きしたい事があったのだけれども。

 よろしいかしら?」


 その言葉にリリエルは真面目な顔で頷いた。


「どうして、フォルス侯爵でしたの?」


 一瞬、何を聞かれているのか分からなかった。

 戸惑うリリエルに、ミリアリアは続ける。


「お気を悪くしないでね。

 ……一度は婚約を破棄されてしまったでしょう?あの方の……有責で。

 だけど、お二人は結婚なさった。

 貴女とは少ししかお話ししていないけれど、貴女の人となりを見ると、引く手数多だと思うの」


 その言葉でリリエルは理解した。

 一度裏切った相手と結婚した事が周りには理解され難いのかもしれないと思うと、少し悲しかった。

 だが、自身を気に掛けてくれるミリアリアの気持ちは純粋に嬉しかった。


「…私とヴィンセント様は、親同士の約束で婚約しました。

 それこそ幼いうちから『ヴィンセント様と結婚する』と言われていたので、私の中でヴィンセント様は無くてはならない存在なのです」


「勿論、刷り込みとかでは無くて。

 ……いえ、そうだとしても。

 私はヴィンセント様と接しているうちに、『この方と結婚したい』とずっと思うようになりました。

 優しくて、穏やかで、年上なのにちょっと情けなくて。

 ……婚約破棄してしまった後の方が余程愛していると伝えてくれてますが、それが無くても、私はヴィンセント様と共に歩めるのなら幸せなのです」


 それを聞いてミリアリアは安堵した。

 リリエルが幸せであるならば、と見守る事にした。

 彼女の決意は揺るがないだろう。外野があれこれ言っても、最終的には本人の決断が優先されるのだ。


「貴女の気持ちは分かったわ。でも、もし助けが必要になったら私を頼ってちょうだい」


 そう言って引く事にした。

 すると


「ありがとうございます。…でも、恐れながらミリアリア様は今とても大事な時期だと思われますので、あまりご迷惑をお掛けしないように努力します」


 にっこり笑うリリエル。

 その言葉に瞬きを繰り返すミリアリア。


「……リリエル様、どうして、そう…思われますの?」


「間違いでしたら申し訳ございません。

 ミリアリア様の食の好みが変わられた様ですので、もしかしてと思いまして」


 その言葉にミリアリアは目を見開く。

 今日のお茶菓子はオレンジやレモンなどを使ったサッパリした物が主だった。

 最近食欲があまり湧かず、食の好みも変わっていた。

 そう言えば、と自身を振り返り、思い当たる節を見出す。


「あ………」


 思わぬ事に言葉が出ない。


「もしかして、非公式でございましたか?

 申し訳ございません。知らなかった事に致します。公式に発表があるまでは誰にも申し上げません」


「いえ、いいえ。気付いて無かったの!

 リリエル様に言われるまで、その……可能性を…」


 ミリアリアは信じられないと、頬に手を当て首を振る。

 戸惑いはあるが、もしそうなら嬉しい事この上ない。


「まぁ…そうでしたの。ではなるべく早くお医者様に診て頂いて下さいませ」


「そう、そうね。そうするわ。……ああ、リリエル様、今日は貴女とお会いできて良かったわ」


 リリエルに知識があったのは、兄の妻の経験談からだ。

 喜ぶミリアリアに自身も嬉しくなるリリエルだったが、少し寂しくもあった。

 自分にその可能性ができるのはいつになるだろう、と。


 だが考えても仕方無い。

 こういうのは天の配剤であると己に言い聞かせた。




 ♠✦♠✦


 夜も深まった頃、王宮にある夫婦の寝室に王太子クロードが入室した。

 愛しい妻はもう寝ているだろうか、それとも自分を待ってくれているだろうかと、期待と不安を抱きながら。


 いつも妻は寝台で横になり夫の訪れを待っている。

 だがこの日、ミリアリアはソファに深く腰掛けて本を読んでいた。


「今日もお疲れ様でございました」

「ああ、ミリィも」

 柔らかな笑みを向けられ、クロードも微笑みながら妻に近寄る。

 互いの頬を寄せ口付け合ってから、これから甘い夫婦の時間……といつもならなるはずだったが、ミリアリアが夫の胸を叩き先を拒んだ。


 恐らく拒まれたのは初めてかもしれないと、クロードはドキリとした。


「ミリィ?体調悪い?それなら先に寝てて良かったのに」

 言うが先か妻を横抱きにし、寝台へ行く。

「クロード様、大丈夫です。病気ではありませんから」

 寝台に優しく降ろされ、再び口付けられる。

「じゃあ、良いかな?」

 蠱惑の夫に誘われ、普段のミリアリアなら体調不良など以外は断らなかったが、今は心を鬼にしなくてはならない。


「だめです。暫く、できません」

 小さく指でバツを作る妻を、可愛いと思いながら、クロードは訝しんだ。

「ゔ……そんな可愛い仕草したら我慢できなくなるんだけど………。何かあったの?」


 己と無意識に戦いながらも、妻を気遣うクロードに、ミリアリアは目を細めた。

 そして、その手を取り自身のお腹に当てる。


「今日、お医者様に診て頂きました。

 ここに、貴方の子が、宿っていると診断を受けました」


 妻の言葉に、クロードは暫し呆けた。

 そして、妻の顔と、お腹を交互に見て。


「ミリィ」

「はい」

「ミリィ……ミリアリア」

「…はい」

「ミリィ!……ミリィ、ミリ……」

「もう、何ですか」

 驚きで名前しか出てこないクロードを、ミリアリアはくすくすと笑った。

 やがてクロードは顔をくしゃりと崩した。

 その瞳は少し赤くなっている。


「嬉しい。嬉しくて……その。……嬉しい」

「何ですかその感想は!」

 ミリアリアはとうとう堪らず笑ってしまった。

 目の前の愛しい妻の笑顔を見て、クロードもまた笑った。


「…っ!そうなら身体を冷やさないようにしないとな!重たい物は持たないように。初期は特に気を付けないといけないと聞くから安静……に…、ああ、執務はできる範囲で構わない。とにかく大事にするんだ。いいね」

「はい、心得ております」


「気分は悪くないか?目覚めた後に気持ち悪くなる事もあるらしいから何か用意させよう。あ、しっかり食べるのだぞ」

「お詳しいですね」


「母上の経験上だな。あと側妃殿も一人一人違っていたようだ」


 “側妃”の言葉にミリアリアは顔を強張らせた。


 ゼノン王国では国王に限り、正妃以外に側妃を娶る事を許されている。

 為政者として世継ぎ候補は多い方が良い。

 実際、クロードの実父である現国王にも数名の側妃がいる。

 クロードは正妃が産んだ第一王子で王太子になったが、彼の弟妹は多い。


 その為クロードもいずれは側妃を迎える事になるかもしれないと思うと、分かりやすく表情に出てしまったのだった。


 ミリアリアの様子が変わった事に、クロードは自身の発言の失態を悟った。

 ただでさえ大事な時期なのに、いらない心配をかけてしまったと悔やむ。


「ごめん。ミリィ。失言した。

 大丈夫だよ。僕はミリィ以外の妃を迎えない。もし強制的にそういう事になりそうなら、王の座を弟に譲るから」


 弾かれたように顔を上げたミリアリアに、クロードは優しく微笑む。


「僕はミリアリアだけを愛している。何よりも君が大事だ。

 だから君が悲しむ事はしないよ」


 その言葉にミリアリアは思わず涙ぐんだ。


「申し訳……ございません…。でも…

 貴方を他の女性に……渡したくありません…」


 それはミリアリアが初めて見せる独占欲。

 クロードは嬉しくなりそっと抱き締めた。


「うん。渡さないで。ミリィは僕を諦めないで。

 大丈夫。僕はミリィと子どもを守るから」


 ミリアリアもそっと、クロードの背中に手を回した。


「ありがとう………ございましゅ……」


 いつも王太子妃として周囲に気を張り、毅然とした態度のミリアリアは、クロードの前では何故かポンコツになってしまう。


 自身の失態に恥ずかしくなったミリアリアは、顔を埋めるようにクロードをぎゅうと抱き締めた。


 クロードはクロードで、そんな妻を愛おしく想い今すぐにでも深く口付け妻を堪能したかったが必死に理性を掻き集めて堪えた。


 お腹を無意識に庇う姿勢はきつく抱き締めるには向かないが、互いの熱は感じ取れる。

 クロードの熱が、ミリアリアに安心を与える。


 その日は軽い口付けを交わし、同じベッドに潜り込んだ。

 手を繋いで、互いを感じながら王太子夫妻は眠りに誘われていった。



 が、クロードが中々寝付けなかったのはミリアリアは知る由もない。


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