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【最終話】これからの二人

 

 ヴィンセントの傷が塞がって侍医のお墨付きを貰ったその夜。

 長く使われていなかった夫婦の寝室でヴィンセントは1人佇んでいた。

 この先を思い、不安と期待が入り交じる。

 今日がだめでも明日がある。

 急がずゆっくりと進めて行こうと思っていた。


 暫くして支度を終えたリリエルが躊躇いがちにやって来た。

 その姿はヴィンセントの鼓動をさらに早くする。


「どうぞよろしくお願い致します」


 リリエルが頭を下げると、ヴィンセントは慌てた。


「リリエル、私も初めてなので、その……」


 その言葉にリリエルは目を瞬かせた。


「………えっ」


 リリエルの中では、ヴィンセントは済だと思っていた。シェリルとてっきりしたものだと。

 けど思い返してみれば『何事も無くフラレた』と言っていたと思い出す。

 心の中の淀みが一つ溶けた気がした。


 しかし、授業の一環としてするものだとは思っていた。

 女性は純潔が求められるが、男性は必ずしもそうではないからだ。

 初夜でスマートにリードできるようある程度慣れておけ、と人生の先輩から娼館に誘われる男性もいるのは珍しく無い。

『初めて』というからにはそれすら無かったのだろうかと、呆気に取られた。


「男性も証明できれば良いんだが…」


 ゴニョゴニョと言い淀むヴィンセントを見て、何だか力が抜けた。


「座学はやったんだ。妄想もした。まあ、そういう事なので…ゆっくりいこう」


 リリエルは顔を真っ赤にした夫を見てくすりと笑った。

 さらりと何か言った気がしたが、気にしないでおこうと思った。


「ヴィンセント様…愛しています」

「リリエル、愛している」


 蕩けるように見つめ合い、やがて二人は深く口付け、夜の闇に溶けていった。


 ♠✦♠✦


「もう傷はいいのか?」

「はい、ご心配をおかけしました」

「なら良かったよ。見ての通り、君がいないと滞っていけない」


 苦笑しながらクロードは書類を叩く。

 それを持ってヴィンセントは自身の机に向かった。


「あ、結局アーバインて誰だったんだろうな」


「アーバイン?グラナド商会?それともエドラス公爵家?確か最近産まれたリューズ伯爵家のご子息もそうだったな」


 ヴィンセントの言葉に、クロードは顔を顰めアベルは天を仰ぐ。


「エドラス公爵家かー!数代前の国王の妹君が降嫁なされましたね」


「マッケインの後ろは公爵家だったか……」


 あの夜会後、シェリルの罪でマッケイン家に行ったがもぬけの殻で何も出なかった。

 それは、実の娘さえ捨て保身に走ったに他ならなかった。

 だが一夜にして使用人さえもいなくなるとは考え難い。位の高い者がいて、手引をしたと思わせるに十分だ。


 それがエドラス公爵家なら厄介だと二人は思った。

 王太子妃ミリアリアの生家ファウゼン家とは対極に位置する家。

 それがマッケインと繋がり、果ては隣国と繋がっているならばまずい。


 もしもエドラス公爵家が西部の件と今回に噛んでいるなら数代前と言えど王国筋から出た不祥事となる。

 例の媚薬はマッケイン嬢が独自に手に入れたとは考え難い。十中八九、エドラス公爵家が噛んでいると推測できた。


「どちらにしろ、陛下に報告しなければな…。隣国との間に公爵家が関わるなら厄介だ」


 隣国に奴隷として流れていると報告が入った時には出入国制限はしたが、それでも裏を掻い潜り逃れていた。

 出入国禁止にできなかったのは陛下が判断を躊躇ったせいもあるが、公爵家が関わるとは予想もしていなかった為初動が遅れたのは否めない。

 頭の痛い問題だとクロードは溜息をついた。


「アーバイン・エドラスが愛人がいる男なら色仕掛けしてみよう」


 即ちアベルの現地妻を使うと言う事。


「あまり気乗りしないな。女性ばかりに負担を強いるのは…」


「彼女達は契約上のものなので。むしろ頼りにした方が喜びます」


「何が出るか分からん。護衛はしっかり付けろ。王太子予算から出して良いから」


 クロードは王太子にしては女性に優しい。

 自身が愛する妃を大事にする性分だからだろうか。その辺りはアベルにすれば弱点になりそうだと懸念はある。

 だが元々クロードは、自分の懐に入れた者は大事にするが、それ以外には冷たい。

 そして懐の中心にはミリアリアがいる。

 彼の優先順位は常にミリアリアが最高で、恐らく自分以上に彼女を大事にしている。

 心変わりは無いだろうな、とアベルは悟った。


 そしてもう一人。


「わー、すっごい笑顔なんか腹立つなー」


 怪我から復帰したヴィンセントは、以前のように目の下に隈は無く、晴れやかな空気を出している。

 表情は明るく穏やかで、まとう空気もいっそ清々しい。


 ヴィンセントがあまりにもニコニコしているのでアベルは何かを察して顔を顰めた。

 幸せいっぱいのヴィンセントはバリバリ仕事をこなしさっさと帰って妻といちゃいちゃしたい。

 仕事が回るのは良いが独り者のアベルは面白く無かった。


「やっぱあん時手ぇ打っときゃ良かったなー」


 ぽつりと呟いたアベルの声はヴィンセントには届かない。


「アベル、サボってないで仕事しろ。あとお前には無理だ。諦めろ」


 視線は書類に落としたままクロードが話す。

 相変わらずその顔はにやついていた。

 見透かされているのは気に食わないがアベルはため息をついて空を見上げた。


「ま、二人が幸せならいっか……」



 ♠✦♠✦


 リリエルはマリアと共にミリアリアから招待を受け、王宮にお茶会に来ていた。


 マリアと共に大きくなってきたミリアリアのお腹を撫でながら時折ポコポコ動く事に不思議そうにしている。


「とてもお元気ですね」

「ええ、今からやんちゃかおてんばかって、心配でもあるのよ」

「とても頼もしいです」


 女性三人の時間は和やかに進む。


「そう言えば。リリエルもようやく、なのよね〜?」


 マリアがニコニコして問い掛けるとリリエルは飲んでいたお茶をむせかけた。


「マリアっ!もう……申し訳ございません、ミリアリア様」

「ふふ、いいのよ。私もお二人のやり取り見てて楽しいもの。こうして気兼ねなくお話できる方がいる事が嬉しいわ」

「王太子殿下は妃殿下を片時も離さないとお聞きしましたわ。仲良くて羨ましいですわ」


「クロード様はお優しいのだけど、時折愛が重くて…」

 遠い目をしたミリアリアを、二人は何となく察した。


「ああ……」

「一途ですものね」

 成婚前からミリアリアを王宮に住まわせていたのは有名な話だった。

 また彼女の護衛騎士は必ず女性で、とにかく周りに男性を近寄らせない事を徹底している。


 そんな愛情深い王太子に憧れる令嬢は多く、権力を得たい貴族は己の娘を側妃にと目論んでいるが、何故かその辺りから王宮内で左遷されているとは一部が知るのみである。


 クロードも王太子として義務的に女性に接する事はあっても必要最小限なので、賢い者はミリアリアを賛え、側妃の話は一切しないらしい。


「そうだわ。もしリリエル様の子ができたら、この子の話し相手になって欲しいわ」


 ミリアリアは手を合わせてリリエルに言う。


「まだ、いつになるかは分かりませんが、その時は是非」


 こればかりは授かりものなので明確な約束はできないが、そうなれば楽しそうだな、とリリエルは想像した。


「うふふ、今から楽しみだわ」


 こうして女性三人のお茶会は賑やかに過ぎて行ったのである。



 ♠✦♠✦


「ミリアリア様のお腹を触らせて頂いたけど、ポコポコ動いていたわ。……不思議な感覚だった……」


 夜着を身にまとうリリエルを、ヴィンセントは膝に乗せていた。

 時折指に髪をくるくると絡ませながら、愛しい妻の温もりを堪能する。


「殿下が触っても反応しないらしいよ。だから今から我が子にヤキモチ焼いて割と大変だよ」


 つい先程まで動いていたのに、クロードが触るとピタリと収まり、手を離すと再び動くという事が続いた為、ミリアリア大好きな子だろうと現時点でライバル視しているらしい。

 聞いた限りでは微笑ましいが、ヴィンセントとアベルに八つ当たりとして小さな嫌がらせをする為、主にアベルがストレスを訴えているそうだ。


 そんな夫婦の会話ができる事を、二人は幸せに感じていた。


「いつか、私達に授かったら、お話し相手になって欲しいとミリアリア様に言われたわ」


「殿下の子だからなぁ……。せめて妃殿下に似てくれたら…」


 くすくす笑いながら二人は口付けを交わす。


「でも、そうなればきっと楽しいわね」


「……そうだな。そうなれるように頑張るとするよ」


 上目遣いに手に口付けをすれば、リリエルは顔を真っ赤にする。

 そして夫の背中に腕を回し、夫婦の時間が始まった。




 ヴィンセント・フォルス侯爵は、後に国王となったクロード・ゼノンを支え長く王宮に仕えた。

 クロード国王は後継である王太子が育った後すぐさま彼に譲位し、一線を退いた。唯一の妃であるミリアリアとの時間を取りたかったらしい。

 退位した後は時折アドバイスを送る以外は政治に口を出さず、国を見守った。

 そんな二人を常に明るく支えていたのは“王家の影”である男だった。彼はクロード王の退位と共に現役を退いたが、その頃に彼を追い掛けていた若い令嬢がいたそうだ。

 その令嬢は、フォルス侯爵夫人に良く似ていたとかいなかったとか。真相は闇である。


 フォルス侯爵はクロード王が退位した後も暫く新王を支え、王宮に大いに貢献したと歴史書は語る。


 その傍らには愛する妻が寄り添い、支えていた。

 彼は婚姻前は熱に浮かされたが、婚姻後は妻一人を愛し、誠意を尽くした事はゼノン国王夫妻が認めるものである。


 ちなみにフォルス侯爵の動向は数名の“影”と呼ばれる者達により常に監視されていたが、彼の能力を考えれば妥当だと推察された。

 ただ、王国の影以外の者達は実際には何故監視していたのか、と問えば不敵な笑みを返されただけらしい。


 そして晩年侯爵夫妻は、フォルス侯爵と同じく王宮に仕えた子や孫に見守られながら過ごし、生涯仲睦まじく幸せであったと伝えられた。




二人のお話にお付き合い頂きありがとうございました!

評価、ブックマーク嬉しかったです。

また別のお話でお会いしましょう!

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