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再婚約

 

 ハンカチを贈り、お互いの気持ちを確かめ合った後、ヴィンセントとリリエルは居間にあるソファに向かい合わせで座っていた。


 使用人にお茶を淹れて貰うと、リリエルは「ありがとう」と言った。

 それを見たヴィンセントは、ぐっと拳を握る。


 お茶を一口含み口を湿らせると、ヴィンセントは意を決してリリエルを見た。


「リリエル、すまない。今から話す事は君にとって面白い話ではない。…だが、今後の話を進めるにあたって過ちの事をきちんと話しておこうと思う」


 ヴィンセントの真剣な声音に、リリエルはビクッと手を震わせた。

 指先が冷えていく感覚がするが、やがて静かに頷いた。



「相手は……シェリル・マッケイン嬢と言う。伯爵家の令嬢だ。…彼女との出逢いは夜会だった。

 リリエルとの結婚を控えた身でありながら、私は彼女に惹かれてしまった。

 良く言えば天真爛漫、悪く言えば奔放で自由な女性だと思った。

 当時の私は穏やかな日々が少し物足りなく感じて……

 だから刺激的な彼女に……惹かれてしまったのだと思う」


 言葉を発するヴィンセントは、目を細めて眉を寄せた。

 苦々しい、無くしたい過去の話。

 己の過ちを告白するのは自身にとってもいい気分では無い。

 だが、それを告解してリリエルに許しを得るには正直に話す以外選択肢は無い。


「…当時、自分の本当の気持ちに気付いてなかった。君に抱いた感情を認識してなかった。

 いるのが当たり前すぎて、見えて無かったんだと思う。いずれ結婚するからとおざなりだった。贈り物も誕生日くらいしかしてなかった」


「君を失って初めて自分の気持ちに気付いて、死ぬ程後悔した。……君の存在に気付くのが遅すぎた…。

 大事にすべき事を見失ってしまって……結局君を一番傷付けてしまった。

 真実の愛とか振り返ればホント……

 何考えてるんだって、バカだった」


 そこまで一息に言って、ヴィンセントはお茶を口に含んだ。

 話している間、リリエルはずっと俯いていた。


「……当時のヴィンセント様は、私を愛してはいなかったのですか…?」


 婚約破棄前、ヴィンセントから大切にされてはいたが、婚約者としての義務以上のものでは無かったように感じていた。

 他がダメになったから自分に戻って来たと突き付けられたように感じて、リリエルは溜息を吐いた。


「…君に抱いていた感情は後から思えば愛情だったが、私はそうと気付かなかった。

 だからそう言われても仕方無いと思う。

 日常の何気無い物の大切さに気付けなかったんだ。だから大切な君を失って……。

 失わなきゃ気付かないとか愚か者だよな…」


 拳を強く握り締め、掌に爪が食い込む。

 不甲斐無い自身の過去に腹を立てていた。

 それでもヴィンセントはリリエルをしっかり見据える。


「皮肉にも君と他の令嬢を比べて見て、君の何気無い行動に気付いた。先程お茶を淹れた使用人に礼を言ったのもそうだ。

 …私が花束やお菓子を贈った時も嬉しそうにしてくれた。

 マッケイン嬢は…他の男性と比べたり当たり前だと思っていたようだし、花束には興味無さそうだったな…。

 それに気付いて余計に君が気になった」


 ヴィンセントはリリエルに跪き、その手を取った。


 どうか。

 どうか、想いを受け止めて欲しいと願いながら。


「リリエル、私は君だけを愛している。この先、君を全力で幸せにする。

 真実の愛なんかいらない。

 私には君が必要だ。側に居てくれるだけでいい……」


「信じられないかもしれないが、マッケイン嬢とは何も無かったんだ。

 リリエルとの婚約を破棄して求婚して…

『愛人にならなりたかった』と言われてそれきりなんだ」


 ヴィンセントは必死に言い募るが、言葉が上滑りしているように感じて鼓動が嫌な音を立てる。



 やがてリリエルは大きく息を吐いた。


「ヴィンセント様のお気持ちは分かりました。

 正直、未だ戸惑う部分はあります。

 だから私に誠意を見せて下さい」


 その言葉にヴィンセントは目を見開く。

 許されないまでも、償う機会を与えられた。

 再び彼女の側に居られるなら何でもするつもりだった。


「勿論だ。私に出来うる全てで誠意を表す。

 ……ありがとう。挽回する機会をくれて…」


 それ以上は言葉に詰まり声が出ないが、ここできちんとしなければいけないとぐいっと腕で目元を拭い、気合いで涙を引っ込めた。


「リリエル、君を愛している。二度と君を裏切らないと誓う。君に誠意を捧げ続ける。

 だからどうか、私と結婚して下さい」


 リリエルの前に、震える右手を差し出した。

 差し出されたその手を見て、リリエルはそっと自身の手を重ねた。


「貴方の申し出をお受け致します」


 それはヴィンセントの中で奇跡とも呼べるものだった。

 例えそれに心からの喜びが無くても。


 目頭が熱くなるのをぐっと堪えると、そっと左手を重ねた。


「ありがとう……。これから君に償っていく。憎んでもいい。君の側にいられることが、とても嬉しい……」


 心底嬉しそうな顔をしたヴィンセントに、リリエルは複雑な気持ちだった。

 ともすればすぐにでも彼を許してしまいそうになる。

 だけどそれは自分が許さない。

 傷付いたのだ。絶望もした。

 あの時を思い出せば未だに胸がジクジクと痛む。


 それでもこの手を離せなかった。



『好きだから』以外に理由が無かった。



 ♠✦♠✦


「お願いします。ヴァーナ伯爵。お嬢様を私に下さい」


 その日のうちにリリエルの父であるヴァーナ伯爵に挨拶をした。

 いきなり執務室に訪ねて来たと思ったらその場で手と額と膝を突き頭を下げた。

 いきなりの事で吃驚したが、ヴァーナ伯爵は渋面であった。

 当然だ。

 一度は自身の有責によって娘の婚約を破棄した者だ。いくら格上の侯爵家が相手だからと言って、穏やかな態度はとれない。

 全ては娘の幸せが優先だった。


 元々伯爵夫人と侯爵夫人の間で結ばれた約束だった。互いの夫人は二人の結婚を大変楽しみにしていた。

 だから侯爵夫人は自分の息子の過ちで破棄された事を知るや激しく息子を責め募った。

 婚約破棄の話し合いの際、一番意気消沈していたのが彼女だった。

 妻が友人を慰めるのを見ていた伯爵は、怒りを収めるしか無かった。


 リリエルから再びヴィンセントと交流すると聞き、何とも言えない気持ちを胸に抱えていたヴァーナ伯爵は目の前で土下座で頭を下げる男にいい顔はできなかった。


「ヴィンセント君。一度は君の有責で婚約は破棄された。それでも友人としてならと交流を許したが、結婚を考えているなら話は別だ」


 その言葉にヴィンセントはぐっと手に力が入る。


「申し訳ございません。己の愚かな行動で、お嬢様だけでなくヴァーナ伯爵にも、伯爵夫人にも、不快な思いをさせてしまった事をお詫び致します。

 これから皆様にはしっかり償っていくつもりです。

 信用できないと仰るならば見張りを着けて頂いて構いません。行動で示して行きます」


 未だ頭を下げたままのヴィンセントの側で、リリエルも立っている。

 ヴァーナ伯爵は娘をチラリと見て、一つ溜息を吐いた。


「リリエルはどうなんだ?……こやつで良いのか?」


「…はい。ヴィンセント様と共にありたいと思っています」


 その答えに、伯爵は眉間に皺を寄せて唸った。

 一度裏切った者に大事な娘を任せたくない気持ちと、それでも娘が選んだ者であるという葛藤が渦巻く。


「この先平坦な道では無いだろう。それでも互いを選ぶならば私はこれ以上反対はしない。

 だが、再婚約にあたって約束をして貰う。

 ……そこに掛けなさい。これからの話をしよう」


 その言葉にヴィンセントは勢い良く頭を上げ、再び下げた。


「ありがとうございます!」


 それから三人で婚約と、婚姻についての話し合いをした。


「リリエルを幸せにする事。泣かせない事。

 勿論浮気をしない事。疑わしい行動もしない事。

 万が一浮気したり、噂が出たら即離婚する事。

 もしその時子どもがいても、嫡子は勿論リリエル共に二度と会わせない。

 子どもがいた場合の侯爵家の跡取りについてはフォルス侯爵…君のご両親と話す事にしよう」


 次々と条件が提示されていく。

 そこへヴィンセントは口を開いた。


「ヴァーナ伯爵、私に監視を付けてください」


 真摯な眼差しでヴァーナ伯爵を見ていたヴィンセントは、ある提案をした。


「ヴァーナ伯爵の信頼できる者を私に付けて下さい。それで全てをヴァーナ伯爵やリリエルに報告して頂いて構いません」


 ヴィンセントは自身の行動を侯爵家の影に見張らせるつもりではあったが、ヴァーナ伯爵家にも見て欲しいと頼んだ。


「疑わしい事があっても、私が隠す余地が無いように…。

 お願い致します」


 再び頭を下げる。

 その姿に伯爵は困惑したが、私生活が筒抜けになってもリリエルといたいのだろうと、少しだけ見直した。


「分かった。では護衛として着けよう。婚姻後はリリエル預かりとなる、でよろしいかな」


「構いません。リリエルに忠誠を誓って頂いて、護衛と監視として私に着いていただければ」


「ではそれで。リリエルは他に何かあるか?」

「特にはありません」


 ヴァーナ伯爵とヴィンセントは、念書を作成しそれにサインをした。


「こちらは王太子殿下に見せて証人になって頂こうと思います。後で控えを持って参ります」


 その言葉にヴァーナ伯爵とリリエルは目を見開いた。

 家同士の念書に王太子の証人とは、と、ヴィンセントの本気を感じ取った。


「分かりました。お待ちしております」


 ヴァーナ伯爵は深々と頭を下げた。


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