神様に無人島に持って行く物を一つ選びなさいと言われたのでスマホにした
ある日、底辺と言われる生活をしていた私の前に、神が現れた。
「私は神だ」
そう自己紹介したのだから神なのだ。いきなり、部屋に現れたりもしている。
神の姿については省こう。大事なのは話した内容だ。
「お前に、必要なだけの金を与えよう」
「あ、ああ、なぜ?」
私は捨てればいい理性でそう聞いていた。
「お前は恵まれない暮らしをしている」
私は涙を流してうなずいた。
「しかし、お前は汚れなき魂の持ち主ではない」
「お、お許しを」
「無人島で過酷な暮らしに耐えれば金を与えよう。誰かが助けに来るまで生き抜くのだ」
「無人島?」
「人のいない島だ」
それは知ってますと言いそうになったが、神様にそんな生意気なことは言えないと思いとどまった。
いいや、私は今まで人間相手にもそんな生意気なことは言ったことがない。私の名誉のために書き残しておく。
「は、はい。わかりました」
あっ、しまった! 無人島行き了解しました、と聞こえてしまったかもしれない。
なんにしろ、無人島には行きたくなかったからこう聞いた。
「恵まれない暮らしをしているから、助けに来てくれたのでは? 無人島ではもっと恵まれないのではないでしょうか?」
「この暮らしには怠惰や快楽がある」
「……はい」
「無人島で汚れなき魂を取り戻すのだ」
「はい」
「無人島に持っていく物をひとつだけ選びなさい」
私はすぐに、手に持っていたスマホで検索した。
無人島 持って行く物 一つ
検索結果は沢山出た。
しかし、神様を待たせているという焦りで、字が頭に入ってこない。
私はこの状況に、1分も耐えられなかったと思う。
そうだ、こんな便利な物を持っている!
「こ、これにします!」
私は神様にスマホを向けた。
「よろしい」
そして、私は神様に望みの額を言った。死んだ後、強欲の罪で裁かれたくないので、いつかネットで見た “人が人生で使う平均額” に少し上乗せして願った。
「よろしい」
私の目の前に札束が綺麗なピラミッドになって現れた。神様がこんな積み方をするだろうか? 私は冷静に夢ではないかと疑った。
私はピラミッドに抱きついた。ピラミッドの角にぶつかった体が痛かった。夢ではない!
「ありがとうごさいます! ありがとうごさいます!」
「では試練を」
「無人島に行っている間、このお金は!?」
誰かに取られる! 私は強欲な心配を抑えきれなかった!
「戻った時に、再び与えよう」
本当にくれるんだろうか? という私の心を神の目は見抜いた。
「神を信じぬ者には、なにも与えぬ」
「信じます!」
その瞬間、私は無人島に移されていた。
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砂の感触、広がる海と森。
「アハハハハッ、無人島だ! ハァハァ」
走り疲れた私はすぐに砂浜に寝転んだ。神の存在、手に入った大金、それが夢でないことが私を興奮させた。
落ち着くと、しばらく夕空を見つめた。
「何日くらいで、助けがくるかな?」
スマホの電源を入れた。
“圏外”
早くも絶望を感じた。夕日が沈んでいくことにも。
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一日目
待望の朝日の中、さっそく砂浜を歩いてみた。
島はここから見た感じ、常夏の楽園的な画像で見たような、綺麗めな眺めだ。暑くはないが、水が欲しい。
浜に沿って森がある。水があるかもしれない。
しかし、森に入るのは怖かった。結構な森で、平らで広く鬱蒼としていた。無人でも、その他の生き物はいるのだ。
幸い、長袖と長ズボンと靴下。靴を履いていなかった!
「靴を持ってくればよかった!」
神様、靴を履いている時に来てほしかった。靴ぐらいサービスしてくださいと、靴のことを考えながら、森を眺めて回るだけで半日は終わった。
「水、水」
私は漫画キャラになりきって水を探した。まだその余裕があった。探す場所も森の周りだったり、なにかの番組で見たサバイバル知識を頼りに、水が出てきそうな植物や枝を折ってみたりと適当だった。
水は見つからなかった。
「神様、助けてください」
“スマホに頼め” と聞こえた気がした。
空耳だった。しばらくすると、嵐がやって来た。
「ありがとうごさいます!」
木の根本に丸まって、嵐が過ぎるのを待ちながら、怖くて泣きわめいた。こんな方法で水を恵んでくれる神が恐ろしかった。愛されているのか、遊ばれているのかわからなかった。
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二日目
服を乾かしながら、体力を温存するためにじっとしていた。
火を起こす気にはなれない。
ただでさえ疲れているし、体力のない貧弱な自分が、いくら棒切れをこすり合わせても無駄だろう。
無人島生活に挑んできた有名人達の、火起こし中の大変そうな顔が浮かんできて、さらにやる気はなくなった。
じっとして体力を温存しておくに限る。それが肝心と、サバイバル関連の番組で聞いた気がする。
まさか、一日二日で助けは来ないだろう。数日、試練というからには一週間以上、もしかしたら死ぬ寸前まで来ないかもしれないと思った。
そこは日頃の行いや、背負っている罪の深さで決まるのではないかと思う。
聞いておけばよかった。私は色々な後悔の記憶に苛まれながら半日を過ごした。
夜、少し肌寒いのが助かった。横になって丸まると動きたくなくなって、じっとしていられた。そんな私は空を横目に見ていて思い当たった。
「衛生電話にすればよかった」
必要のない人生を送っていたので思いつかなかった。
これが家で見ている映画なら、主人公より早く気づいて「衛生電話にすればよかったのに」とせせら笑っていたはずだ。もう二度と、そんな見方はやめようと誓った。
「国際通話、どっちも、どこにかければいいんだろ?」
無難に警察か実家だろうが、上手く説明できなければイタズラか、行方不明者からの謎の電話で片付けられてしまうかもしれない。
"いま、無人島にいて……"
何度シュミレーションしても、上手く説明できる気がしない。
“衛星電話? 国際通話? 一生使わないだろう” と、人類の大半が思うだろう機能を、日本で、小さな町で、狭い家で、ひっそりと暮らすと覚悟していた私に使いこなせるはずがないんだ。
その前に圏外だった。せめて、最新のスマホにしていればよかったのか。
「うあああっ!!」
私は頭を抱え突っ伏した。そして、 “備えあれば憂いなし” “後悔先に立たず” などと私を攻め立てる言葉を打ち消すために、のたうち回った!
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三日目
電池も切れたスマホが、なにに使えるのかを真剣に考えてみた。
「鏡だ」
黒い画面に映った顔にニッと笑いかけた。
そして、スマホに砂を盛った。
「それから皿」
6.1インチ。なんかデカ過ぎたなとポケットに入れてから気づいたスマホが、こんな風に役立つとは思わなかった。
なにか食べるものを盛ってみたいと思った。
私は泳げたが、体力の心配があった。それに、海で泳ぐと喉が渇くだろう。こうして潮風に当たっているだけでも渇いているが、耐えられないほどではなかった。
耐えられなくなってから耐えて泳いで、そして水を飲もうと決めて、森に向かった。
長い枝で地面をつついたり、落ち葉を払いのけたりして安全を確認してから、なるべく大股で森を進んだ。
怖さで数歩で止まったが、冷静に周囲を見回してみた。
カラフルな鳥が結構沢山いて、枝に留まって木の実と葉っぱを食べていた。私もその木の実と葉っぱを食べた。木の実はほとんど種で味も悪く、葉っぱの味は葉っぱだったが、鳥が食べていれば毒はあるまいという安心感に満足した。満足するまでは食べなかったが。
私は皿に木の実と葉っぱを山盛りにして、砂浜に戻った。戻る途中で半分が落ちてしまった。
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死の四日目、不吉な四日目
「ふへへ、ヒヒヒ」
朝の光の中で、狂人を装って笑ってみたが、狂人にはなれそうになかった。理性は脳みその端にこびりついていた。いくら頭を掻きむしっても取れなかった。
狂人を装うには早過ぎたのかもしれないと、冷静に思うことさえできた。
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五日目
空腹を知らせるアラームが絶えず鳴っていた。止めづらかったが、止めるしかなかった。
「鳥さん」
私は森に沢山いる鳥に話しかけた。鳥達は私を見て首をかしげていた。認識されて嬉しかった。
「鳥さん、こっち来る?」
私は腕を伸ばして、人差し指を向けた。
来ないので、鳥が食べている果物を手のひらに乗せてみた。
すると、手のひらに来てくれた! 私はその瞬間、神様の言っていた“汚れなき魂”の持ち主になった気がした。
「おお、鳥さん」
思ったより小さい、スズメくらいの大きさだった。人に対して警戒心がないようだった。私は小鳥を簡単に両手で握った。
汚れなき魂のことは忘れて、この可愛い小鳥を食べることだけ考えて笑った。調理法はまず羽をむしって、スマホに太陽光を集めれば肉が焼けるかもしれない。
私は尖った枝を小鳥に突きつけた!
「……ごめん。怖い思いさせて」
小鳥の小さくも熱い鼓動とぬくもりが、私を押しとどめた。無人島に居なくても孤独な私にとって、それらは自分の命と同じほど尊かった。
私は枝を落とし、鳥を胸に抱いて泣いて開放した。
神様が見ていたら喜ぶだろう。天国に数百歩近づいた気がした。
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恐らく六日目
変な虫に刺されてしまった!
森の中から、私はパニック状態で飛び出して、海水で刺された右の手の甲を洗った。右手が使えなくなったら、スマホが扱えなくなったらどうしようか。
刺したのは空飛ぶ大きな蟻のようだった。黒い蜂だろうか? スマホが機能すれば検索できるのに。しかし、検索できたとして未知の虫だったらどうだろう。
未知種の液体を注入されたら、未知種の仲間になるかもしれない。スパイダーマンのような? 黒い蜂人間など、絶対悪役なのではないだろうか? 今までの暮らしと、無人島暮らしのせいで、いつでも闇落ちできそうな精神状態ではある。
患部は蚊に刺されたようになっていた。今のところ体調に変化はないが、どうなるのか待つしかなかった。
待てなかった。私はスマホに太陽光を集めて熱すると、患部に押しつけた!
「っ!」
熱による消毒。まさか、自分の肉を焼くことになるとは思わなかったが、これで大丈夫な気がした。
私の期待は当たった。夜になると腫れや赤みは消えて、未知種の仲間になることはなかった。
しかし、森に入るのが怖くなってしまった。また森に入れるまで、何日かかるかわからない。
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水の尽きた日
どこを探しても、充分に飲めるだけの水はなかった。
雨乞いはできない。精神的にも肉体的にも嵐が怖かった。
全てを諦めかけて、ただ美しい海を眺めた。助かっても死んでも、もう二度と海を見ることはないだろうから、一生分見ておこうと思った。
「もしもし」
私はスマホを耳に当てた。
「もしもし、今、無人島にいるんだ。来る?」
私は泣きながらも笑っていた。
汚れなき魂が消えていくのが見えた。水もない無人島に人を呼ぼうなど、罪深い行為だがやめられなかった。
私は知っている限りの番号を押した。
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何日経ったのか、私はうつ伏せに倒れて、伸ばした片手にはスマホを握って、砂に半分埋まっていた。
×の××の女神像みたいだなと思いながら。
「文明はこうして終わっていく……私という文明は……」
なにか哲学的に思えることを呟いてみた。最後はカッコよく死にたかった。誰も見ていなくとも。
誰かに見つけてもらえた時は骨になっているかもな、と思った。骸骨ってなにかカッコいいからいいか、と思いながら私は目を閉じた。
救助の担架の上で、私は意識を取り戻した。
助かった、しかし、なぜだろう? と繰り返し考えている間に、病院のベッドに移されて眠った。
起きた時には、話せるようになっていた。
警察官と私を見つけてくれた人が質問に答えてくれた。
「ドローンにあなたがスマホで話している姿が映っていたんですよ。この島は電波の届かない無人島じゃなかったかと思って調べたところ、やっぱりそうだとわかって、おかしいということで……」
スマホを選んで正解だった! 私は歓喜の涙を流した。
“スマホに夢中でドローンを見逃した” という致命的なミスは忘れて、後日談に向かおう。
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「スマホを返してください! スマホに会わせてください!」
警察官は私を落ち着かせるために、調査のために押収していたスマホを握らせた。スマホはあの過酷な無人島生活を生き抜いて、しっかりと機能していた。
落ち着いた私は、警察官や医者に神のことを話した。
警察官と医者は色々話し合った結果、私は誘拐されて放置されたということにした。
そんな事はどうでもよかった。早く家に帰りたかった。
体力が回復すると願い通り、私は家に帰れた。
私は時の人になり、この体験をあらゆる方法でお金にする形で合法的に、神様が約束通りの額をくれそうなので(私の汚れなき魂は最後に消えたので、全額もらえなくても仕方ない)必要な物が全てある安全な家で暮らせた。
“この体験で一番辛かったことはなんですか?”
“警察にスマホのデータを見られたことですね”
笑い話にもできた。
年月が経ち、私の事件も過去になり、警察からの捜査報告もなくなり、元の生活が戻った。私にはふたつの日課ができていた。
小鳥達の世話をすること。
無人島に持っていったスマホに話しかけること。
そして、つい考える。無人島にひとつだけ持っていく物は?
衛星電話? せっかく無人島に行くのに、そんなもの持っていってどうする?
私はスマホを持っていく。とても役立つし、孤独も感じないでいられる。小鳥達は神様に預けて行こう。
「いや、行かないけどね」
私はスマホに笑いかけた。
どこかで一度は聞くネタ、無人島になにか一つだけ持っていけるならなんにする?
スマホを選んだ人の悲劇を書いてみました。いかがでしたでしょうか?
ここまで読んでくださりありがとうございました。
ブクマ、星、いいね、感想などお待ちしています。