地獄のブートキャンプ
「では、まず現在の実力を測らせていただきますね」
そう言って狩場に連れてこられたのだが……。
「ぎゃああああああああ!」
突きだされたのは、コボルトの群れの前だ。
『惑う深紅』の面々は遠くで観察してやがる。
「ぎゃうん、ぎゃうん!」
「がうっ! がぅっ!」
「無理無理無理無理死ぬ! 死ぬからぁあああ!」
必死になってぶんぶんと剣を振り回して牽制したけど、ちょっと傷が入るくらいで、逆に闘争心を掻き立ててしまったのか、さらに攻撃が激しくなった。
右から来る攻撃を避けようとすれば左から飛びかかられ、肩口に飛びかかってきたのを何とか避けるとケツを噛まれ、しまいには剣を持った手に噛みつかれて為す術がない。
ケツはかろうじてズボンを持っていかれただけで済んだし、手の方も手甲が守ってくれて、骨まで牙は届いてないけど、食い殺されるのも時間の問題だ。
あの連中は、若い男が魔獣に嬲り殺されるのを見物しようって肚だったんだろうか。
母ちゃん、知らない人に付いていっちゃいけません、って子どもの頃に叱ってくれたのに、言うことを聞かなくてごめんよ……会ったばかりのおかしな連中についてきちまったばっかりに、俺はここで死にます……。
「ウィンドカッター!」
ぐわっと口を開けた一匹が血しぶきになったのは目の前だった。
一瞬で静かになった状況に、へなへなと膝から力が抜ける。
「た、助かった……」
コボルトが4匹もいたから、手も足も出なかった。
一匹でも無傷で倒すことは難しいっていうのに……。
「よくやりました、スザンナ。あぁ、ごめんなさい、アディ。あなたがこんなに弱いなんても思わなかった。スザンナ、アディにヒールを」
泣きそうな顔でエリーさんが俺の肩をさする。
言い方はやや引っかかるけど、そういやこの人達にとってはコボルトなんて雑魚も雑魚だもんなぁ……。
「よかった、よかった、アディ……死なせてしまうところだった」
スザンナがヒールを掛けてくれて、人心地ついた俺が顔を上げると、エリーさんは顔をくしゃくしゃにしていた。
あぁ、美人は泣きそうになっても美しいもんだな。
「大丈夫。今治してもらったし……」
「本当に良かった。あなたの協力がなければ、私の可愛い天使に怖い思いをさせてしまうところだった!」
「……そーですね」
目的がそれなんだから、思うのは構わないけど、そこは口に出すなよ!
「あにゃあ? コボルト討伐の推奨レベルは20ってギルドで聞いてきたんだけどにゃあ……」
イラッとした。
今ちょっときみの口調に目を瞑る心の余裕がないよ、アリス。
「推奨レベルってのは敵が単体、もしくはパーティで挑むのが基準だから。無傷で倒そうと思ったら、レベル18の今の俺だと余裕を持っていけるのはホーンラビット単体が限界」
そう、俺は『暁の星』を抜けてから2ヶ月、臨時パーティに加入したりしながらレベルを4上げていた。
13から1上げるのには同じだけかかったっていうのに、頑張った方じゃないだろうか。
それだけ横取りを許してたってことでもあるけど。
安全マージンを取らなければコボルト単体もいけないことはないだろうけど、コボルトの場合剥ぎ取れる素材もあまりないし、ドロップも期待できない上に、奴らは基本団体行動だから、まずソロでは受けない依頼だ。
うっかり怪我でもしてポーションを飲むことになってはあまりにコスパが悪い。
「……ふむ、思ったより先は長そうですね」
スザンナがカリカリと何事かを書きつけている。
「うーん、アリスぅ思ったんだけどォ、アディはレベルだけじゃなく基礎力が足りてないんじゃないかなぁ」
「私もそう思いました」
「体幹はブレてるしぃ、複数に襲われた経験が浅いからかパニックになってたよねぇ。一対多数の場合には個別撃破が基本だけど……うぬぅ、まず決定打に欠けるから、体勢を立て直す余裕が作れないのだな」
考えているうちに取り繕う余裕がなくなってきたのか、だんだんアリスがおっさんに戻っていっている。
「よし、まずは走り込みだ。朝、朝食の前に、走り込みの後、素振り百回、腕立て伏せ三十回、腹筋三十回、背筋三十回、スクワット五十回から始めよう。ぬははは、新兵の教練などしばらくぶりだから腕が鳴るな。かっはっは、何、様子を見てメニューは組んでやる。俺に任せておけぃ!」
もはや誰だよ、あんた。
スカートを穿いて仁王立ちすんな!
甘ったるい鼻声から、腹に響くような渋いいい声になってるしな。
もうおっさんなの隠す気、欠片もねえな?
「あら、アリスにしてはずいぶんぬるいのね」
「最初から全くできないことをやらせては、心が折れるばかりですからな。ひと月が終わる頃にはいっぱしの兵士に仕立て上げて見せますぞ」
だから、誰!?