理想の依頼主
ストックが!
なくなりました!
上手く行けば今日の夕方か明日の朝にはファラネーサに到着する見込みだ。
ちょこちょこと魔獣との接触はあったものの、ルファナの一件以外は特に大きな襲撃もなく、順調な旅路だった。
この分だと、町の近くでもう一泊して、朝から町に入ることになるだろう。
午後、同じ馬車に乗ることになったリディは、ずっと姿勢を正して座している。
今のリディは、これまでの『蜜花の集い』の誰とも……リディ自身とすら全然違って見えた。
これと言って文句を言うでもなく、暴れるでもなくリディは静かにしている。
腰を落ち着けた途端に、キースが落ち着かなくなった。
そして、いそいそと懐から出したのは一枚の羽根で、大事そうに毛の流れに沿って指先で撫でる。
「うぉああああああああああうーんんんんぐぅうううう」
「どっから声出してんだキース」
「だってぇ……ジェイデリンドだぜぇ? ここで決めなかったら……うーん、だけどなぁ……しばらく固パンひとつで……いや、それじゃ足りないか。んんー……アレとアレが売れてくれれば……いやいや、見込みだけじゃうーん……」
唸り声を上げるキースの手にあるのは、翡翠色の陰影がある美しいジェイデリンドの羽根だ。
ジェイデリンドは鳥種の魔獣なのだが、羽根がとても美しくそして比較的珍しいので、素材が高く売れるありがたい魔獣だ。
ただし、素早いわ凶暴だわ逃げ足が速いわで、討伐の難易度は結構高い。
昼の休憩時に運良く遭遇したそいつを捕まえられたのは、なかなかに幸運だった。
……で、キースが悩んでいるのはそのジェイデリンドの羽根を俺から買い取るかどうかだ。
ギルドの買取価格でもそこそこするので、いくら俺がその値段でいいと言っても、キースの懐への打撃は厳しいらしい。
まー、今回の移動の俺への依頼料だって、個人で商人やってるんだったら安くはないだろうしな。
かといって、それ以上値切ろうというのは素材に対して失礼だと、割引を申し出た俺が怒られた。
ほんと、キースはまっとうな商人で、いい依頼主様だと思う。
今後、もし何かキースが冒険者ギルドに依頼を出すようなことがあれば、優先して受けていきたいぐらいだ。
「よかったら、しばらくは取っとくぜ」
「いいの!? いや、でも……」
俺の申し出にキースはしばらくうんうん悩んで、それから「お願いします」と頭を下げた。
「今考えてるドレスに使いたいんだよ! 手持ちの商品が売れたら金は入ってくるから、そしたら買わせてもらう。いや、その前に商業ギルドから金借りるわ。ほんとありがとうな」
「……無理はすんなよ?」
心配になって言うと、キースはニカッと笑った。
「安心しろ、売りつける算段ももう頭の中だ。商業ギルドに払う利子と手数料考えても、ここで素材を逃す損の方が大きい」
「お、おう……」
ちゃんと儲けが出そう……なのか?
俺には商売のことよくわかんない。
「それに借りるのは最終手段で、持ってきたものが売れればそのぐらいの金は入るはずだから」
「そっか。ならいいんだけど」
「まぁ、しばらくは固パン生活になるけどな!」
「だから無理はするなって。分割でも売ってやるから」
食費削ってでも、って欲しいものがある時にやりがちだけど、どこまでやる気だよ。
「まーじで! ありがとう! ありがとう! この御恩は必ず!」
まだ手に入ったわけでもないのに、むちゃくちゃキラッキラしちゃって眩しいくらいだ。
心底自分のギフトに誇りを持って仕事してるってのがよく伝わってくる。
「んじゃ、その一枚は手付ってことでやるよ」
「何で売る側が手付け払うんだよ! でもありがたいからくれるもんはもらう! そんで、なるべく早く残りも買い取るぜ」
キースは祈るように羽根を掲げて宣言した。
「……アディは本当に強くなったんだな」
俺たちのやり取りを見ていたリディがぼそりと呟いた。
ガランドン商会の護衛として中に入ってきたマーカムも物静かな方なので、俺たち以外は喋っていなかった馬車の中、その言葉はよく聞こえた。




