マニュアル通りの媚態
「ぎゃああああああああっ……って、アディか」
「ぅおふ、おふぁひょ……てててっ」
あー、冷たい水が気持ちいいわ。
水鏡で見て、置き抜けにキースがどえらい悲鳴を上げた理由を察する。
顔はできた傷をそのままにしてるから、ぼっこぼこもいいところだ。
これ、本当に治るんだろうか。
顔の怪我は治せないっていうのに、ゾルガもパウルも手加減してくれないもんだから、なお一層のこと顔が腫れあがる羽目になってしまった。
「グールも仲間だと思って襲ってこないんじゃねーの?」
「うるへぇ」
あー、喋りにくい。
これじゃ飯も食えないし前も見えにくいから少しだけ治すか。
治し過ぎにならないように、生のままの薬草を噛む。
「うぇっ、まずっ」
効果は覿面で、腫れは収まり、痛みは軽くなった。
生の薬草噛んで怪我を治すなんて、ガキの頃にやって以来だ。
「あれ、治しすぎたかな。どう、痣まだ残ってる?」
「グールからゾンビになったぐらいには」
「え、まだそんなかよ……このまま治らなかったらどうしよう」
動けないようじゃ困るから、手足の怪我のひどいとこは部分的にポーション掛けたりして治したけど、顔は町につくまで治せないって言ってるんだから、避けてくれてもいいのに「傷の一つや二つあった方がモテるぞ」って、いい加減なこと言うんだからほんとにもう。
今日も今日とて軽く手合わせをしてもらって、馬車に乗り込む。
午前中同じ馬車に乗り込むのはカスハで、『双轍』からはアントスとロベルタだ。
各々適当に話をしたり、身体を休めてたりしていると、カスハは時折細い声で「あ……」と物言いたげな声を上げ、ふと視線を泳がせては意味ありげにちらっとこちらを見てくる。
村から出てきたばかりの頃だったら、声を掛けたり気遣ったりしたんだろうな。
馬車に乗っている他の面々にも同じように視線を送っているが、皆気にかけた様子はない。
キースだけは気になる様子で、ちょいちょいと俺のズボンを引っ張ってきた。
「なんだよ」
「娼館に来た気分」
「バカじゃねーの」
小声でくだらないことを言いだしたキースに、思わず苦笑したけど、カスハの態度は正直あんまり気分の良いモノじゃない。
そういやスザンナがくれた『堅物もイチコロ! 魅惑のオンナノコ仕草』に、こういう感じの言動を勧める項目があったなあ、と思い返して遠い目になる。
話を聞いてもらう時の仕草だ。
狙った男の注意を引いて話を聞いてもらい、自分の要求を叶えさせる気にするテクニック。
そのまま酒場のおねえちゃんとか、娼館のおねえちゃんのテクニックなんだから、キースの感想は間違ってない。
ただ、それが有効な相手がこの馬車には乗っていなかっただけのこと。
俺も、こういう仕草はだいぶお世話になったな、と、もはや懐かしい気さえするスターカでの日々を思いだす。
イーサン、ブルックらをはじめとした、馬鹿な男たちは今も元気にやっているだろうか。
アディちゃん亡き今、また違う女に踊らされているんじゃないだろうか。
どうかアディちゃんのことは忘れて、強く生きて欲しい。
そう言えば、ガリオンのやつもさすがにアディちゃんのことは諦めてくれたかな。
幻の女とパーティを組むなんて酔狂なことは言わずに、他人に迷惑をかけず頑張っていてほしいものだ。
幼馴染として、遠い空の下から祈っている。
間違っても、不幸になれ、なんて思ってはいない。
ほんのちょっぴりしか。
「どうした? 遠い目なんてしちゃって」
「いや、少しばかり昔のことを思いだしていただけだ」
俺の言葉にカスハは「昔のこと……」なんて、小さな、でも確かに俺に聞こえる声で呟いて、胸を強調する前傾姿勢を取り、目を潤ませて俺の方を見てきた。
……一体何を期待してるんだか知らないけど『暁の星』の頃の事なんて、もう割とどうでもよくなってるから、そんなに思いだすほどのことはないんだけど……。
ここで自分からは声を掛けず、男の出方を伺うべし、って、『堅物もイチコロ! 魅惑のオンナノコ仕草』には書いてあったなぁ。
あぁ、ほら。
いちいち耳に髪を掛けなおさなくていいから。
それもわざわざ逆側の手で直して、身体捻って見せなくていいから。
「っ……ん。はぁ……」
カスハが艶めかしい声を上げたところで、誰一人として動じてないから、結果ものすごく滑稽なことになっている。
気の毒ではあるけど、自分でやってることだしなぁ……。
顔は美人だし、スタイルもいいのに、周囲の男の歓心がないだけで、テクニック的なものってこんなにも滑稽になってしまうものなんだな。
とてもじゃないけど見ていられなくて、俺はそっと目を閉じた。




