ロマンスはありません
休憩が明けて馬車に乗り込むと、メンバーは入れ替わっていた。
御者台には濃いブラウンの短い髪に茶色の目をした鞭使いのマーカムが座っている。
馬車の中は、ちょっと軽くて調子づいた言動をしている糸目野郎、自称“水色の兎さん”スペンスだ。
その自称の示す通りの水色の長めの髪を結っている。瞳は赤いが、常に目を細めてるせいで兎って印象はない。どっちかっつーと、狐とか、そんな感じの顔立ちだ。
神官でA級ってことだけど、ゾルガにめちゃめちゃ扱かれてる様子は、全然そんな風に見えなかった。
……で、今度同じ馬車に乗せることになったのが、ロージィだ。
「ちょっとアディ。この縄解きなさいよ」
「解けるわけないだろ」
「なんでよ!」
「ファラネーサに着いて事情聴取を受けるまでは大人しくしてた方がいいぞ」
「何で私が事情聴取なんて受けなきゃいけないのよ」
「俺は親切で言ってるのに」
「いいから! 解きなさい! これは命令よ!」
……ダメだ。話が通じない。
俺は相手にするのをやめようと、深く呼吸をしてロージィから視線を外した。
「ちょっと無視してんじゃないわよ、このデブっ」
「デブ?」
罵る言葉に、面白そうにスペンスが反応しやがった。
「え、アディ太ってないじゃん。なんでデブなの?」
「こいつ、今はこんなだけど、ちょっと前まではデブの役立たずだったの。ちょっとは痩せたかと思ったのに、役立たずなのは相変わらずなんだから!」
「えー、マジでー? どうやって痩せたのさ?」
ぷぷぷ、とニヤニヤしながらスペンスが聞いてきた。
「どうやって痩せたっていうか、いろいろ教えてくれた人たちにめちゃくちゃ扱かれて、気が付いたら痩せてたっていうか……」
「え、扱かれちゃったんだ! 痩せるほど? その話、もっと詳しく!」
なんかニュアンスが違う!
「教え方を研究したいとかで、ちょうど参考にしたいレベル帯とかギフトとかが噛み合ったから、俺を仕込んでくれたって感じ」
「仕込まれちゃったかー。え、え、その教えてくれた人って女の人?」
なんだか楽しい妄想に走っているスペンスに、実物のアリスをぶつけたい。
「女の人……ではないかな」
「何でそこで言い淀むんだよー! すっごい気になっちゃうじゃん! え、何? 女捨ててる的な?」
「いや、捨ててるかどうかっていったら無理やり拾いに行って違うもの拾ってきてたような……」
「だから! 無視すんじゃないわよ!」
ロージィがジタバタして尻で跳ねた。
え、すごい。
足も手も拘束されてるのに、よくそれだけ跳ねたな。
「うるさいぞ。暴れるな」
外からマーカムがほとんど抑揚無く注意してきた。
「あー、ごめんごめん」
軽く謝ったのはスペンスだ。
のんびりと何でもなさそうにガラン爺さんが言う。
「お嬢ちゃん。そんなにこの馬車に乗るのが嫌なら、ルファナの連中と乗るんじゃなぁ」
「ひっ」
そりゃ、嫌だろう。
拘束されているとはいえ『蜜花の集い』の面々に関していえばごく緩いものだし、回り持ちで乗せられているのはリーコット商会とガランドン商会の馬車だ。
リーコット商会の方は多少むさっ苦しいというか、匂いがきつそうな気はするけど、それでもルファナ商会の馬車に比べれば全然マシなはずだ。
ルファナ商会の馬車は、積み荷はすっかり降ろされ、その代わりにガチガチに拘束された賊が、怪我人と討伐部位の区別なく、ぎゅうぎゅうに押し込められている。
匂いも気分も最悪だろうから、絶対同乗したくなんかない。
「なぁ。アディさぁー、前は蜜花の集いの子たちとパーティ組んでたんだろ? やっぱりロマンスとか痴情の縺れ的なのがあったりなかったりしたわけ?」
ロージィは睨んで物言いたげな顔をしたけど、スペンスは全く気にしたふうがない。
「ないですよ」
「見た目はそれぞれタイプが違ってそこそこいい感じじゃん? なんかなかったのー? まじでー?」
「いやー、この面々だけはないかな」
「なによそれ! アディの癖に生意気! こっちだってないわよ!」
「だからないって言ってるじゃん。頼まれたって断るよ」
「ふざけんな! アディの癖に! アディの癖に」
ロージィが騒ぎ出したせいで、またマーカムに「うるさい」って怒られた。




