どうか忘れてほしい
「41、42……48、49、ご~じゅう……よっしゃ次は腹筋!」
代り映えのしない宿屋の部屋で、俺はひたすら筋肉を苛め抜く。
……こんだけ鍛えてるんだから、もう少し筋肉ついてもいい気がするんだけど。
残念ながら体質なのか、痩せこそしたものの贅肉はなかなか筋肉にならない。
太りやすいヤツは筋肉もつきやすい、ってあれ嘘だろ。
アリスから受けた鍛練以来、筋トレは日課になっている。
布団の中で目覚めて動き始めるまでは、サボっちゃおうかな、なんてことも頭をよぎるのだけど、身体を動かさないとなんとなく気持ちが悪い。
室内で体を温めてから、町内を軽く走る。
そのルーティンは、長らく世話になったスターカの町から、このコルネッタに拠点を移った今でも変わらない。
俺は、『青銀の稲妻』の連中の勧誘を断った直後、冒険者になってからずっと拠点としていたスターカの町を出た。
逃げたと言えばそうなのかもしれないけど、イーサンに対しての復讐も気が済んだってのもあったし、あれ以上『アディちゃん』でい続けるのも厳しいな、と思ったからだ。
どっかでボロが出るだろ、と覚悟はしていたけど、この俺、アディとアディちゃんが同一人物だと全然バレなくて、それはそれで怖くなってきてしまった。
イーサン以外にも俺をポーター扱いしたり、ルーキーの頃に馬鹿にしてきた奴らには、一通り復讐してやったんだけど、どっかでバレたら「お前らが鼻の下伸ばして貢いでたのは、俺だよバーカ」とでも開き直っておしまいにしようと思っていたのに、いつまでたってもそんな機会が訪れなかったからだ。
俺が思っていたよりも、男ってバカだった。
女の子の方は、俺が女装しているって気が付いたやつがいるかと思いきや、馬鹿な野郎どもにちやほやされてるってことでやっかまれることはあっても、こちらも誰も気が付かなかった。
……俺の擬態は完璧すぎた。
とどめはベンの本気を悟ってしまったことだ。
イーサンはともかく、本来なら関係なかったブルックに対しては、にじみ出る下心があからさまだったからそこまで良心の呵責は感じなかったんだけど、やっぱり『アディちゃん』に気があるっぽかった、ランドルフとベンに対しては一抹の申しわけなさはあった。
多分だけど、イーサンとブルックが盛り上がっていたから、なんとなく雰囲気に当てられて煽られて、自分もこの子が好きなんじゃないか、なんて勘違いしていた節は見受けられたけども。
俺も好きかも、から、ぼやっとしていたら別の男にとられる、って焦りに焚きつけられちゃったんだろうな。
これに関しては、本当に俺が悪い。
当初の標的はイーサンだけだったんだけど、俺も男じゃん?
可愛い女の子にすげなくあしらわれるよりかは、笑顔で気持ちよく対応してもらえる方が絶対嬉しい。
まして、イーサン以外はただ巻き込んじゃったわけだしさ。
……だから、つい、サービスしすぎたんだよなぁ。
冒険者にだって女の子はいっぱいいるけど、冒険者を目指そう、なんて子は大概気が強い。もしくは、すでに一緒に居たいやつがいるから冒険者を目指すものだ。
誰か特定の相手がいなくて冒険者を目指す女の子は、大体女の子同士でパーティを組む。
その上、ある程度上位ランクの冒険者になって、金や実力があれば別だけど、E・Fあたりの冒険者なんて自分のことで手いっぱいだ。
他人の面倒を見てやる余裕なんてない。
だから、可愛いフリーの女の子は上位ランクの冒険者がかっさらっていく。
そんなわけで、駆け出しの冒険者はたいてい女の子と縁がない。
俺とガリオンみたいに、いつの間にか女の子に囲まれてた、なんて状況は稀も稀だ。
もっとも彼女たちは、結構キツい部類に入ったけども。
たいていの奴が、彼女欲しい、とか、せめて華が欲しい、なんて喚きつつ、食堂の女の子やギルド職員の女の子に対して、指を咥えて憧れているものだ。
そんな、女っ気のない、あるいはどうやって女に接したらいいかわからないやつらが、当たり前みたいに可愛い女の子に感じよく応対してもらえたら――惚れないわけがないんだよな……。
だから、ランドルフとベンを筆頭に、俺の復讐対象ではないのにいわば流れ弾を食らった連中には本当に悪いことをしたと思っている。
多分、割と本気で惚れちゃった奴、他にもいたに違いないが、そんな可愛い女の子『アディちゃん』なんていなかったんだ。
どうか『私』のことは忘れて強く生きてほしい。
そして『アディちゃん』亡き後、『アディちゃん』を探し求める悲しき野郎どもに遭遇しかねない状況がいたたまれず、俺は『アディちゃん』の思い出をスターカへと置き去りに別天地、ここコルネッタへと赴いたというわけだ。




