復讐したい
「まぁまぁ、お茶でも飲んで落ち着きなさい」
そう言ってスザンナは空中からティーセットを取り出した。
繊細な細工の施されたカップに、微かな音を立てて茶が注がれ、俺の前に差し出される。
「何で貴方が化粧を教えろ、なんて結論に至ったのかはわかりませんが、お教えするのはやぶさかではないのですがねえ」
「アディ泣かないのよぉ」
「あらあら、せっかくの可愛いお顔が台無しね」
エリーさんがハンカチでそっと頬を拭ってくれた。
その指は長くて細いけどゴツい。
こうしてみるとやっぱり男なんだな……すっかり騙されていた。
気が付いてしまうとなんだかおかしくなって、笑いたいのと情けないので顔が歪む。
「笑った方がいいですよ。笑顔はどんな化粧にも勝る」
スザンナが当たり前の顔で言った。
色男が可愛い女の子に言うのなら甘い口説き文句になるところだろうが、どっちかというと、魔術の授業の続きのように厳格な言葉だ。
「で、どうして私の化粧技術を学ぼうと?」
「あぁ……俺は可愛い女の子に成りすまして、イーサンから今まで横取りされてた分を貢がせてやるんだ」
3人はぽかんとして俺の顔を見た。
自分でもバカなことを言ってるとは思うよ。
エリーさんは眉を顰めて、口元を扇で隠した。
「アディ? 復讐は何も生まないわ」
「せっかくのぉ、可愛いを、復讐に使うのはどうかなぁ……」
アリスも悲しんでいるのか、顔を伏せて肩を震わせている。
「そんなことはわかっています、でも……」
真面目にこれからも鍛練を重ねて、強くなって、それで見返すのが正しい道かもしれない。
それは、イーサンだけでなく、ガリオンのことも、『暁の星』の面々のことも、俺をポーター扱いして嘲笑い、利用していた連中のことも、見返すことができる唯一の道だろう。
だけど、俺は直接奪われてきたものを奪い返したかった。
「いい、もう一度言うわよ? 復讐は何も生まない。でも……」
「でも?」
「やるとスッキリする」
「やるとスッキリする」
俺はアホみたいにエリーさんの言葉を繰り返した。
「アディが満足するのなら、いくらでも復讐すればいいのよ」
「どうかなぁ、とは思うけどぉ、それって面白い! やっちゃえやっちゃえ! アリスが許してあげるぅ」
あっけらかんとエリーさんは言い、アリスはゲラゲラ笑っている。
あ、泣いてたんじゃなくて笑ってたのか。
「そうそう、いっそのことケツ毛まで引っこ抜いてあげなさい」
「いや、イーサンのケツ毛に触れるのは遠慮します」
さすがにそこまではちょっと……。
明るく復讐を勧めるエリーさんとアリスとは別に、スザンナは厳格な顔で俺を見つめた。
「化粧だって技術ですから、少し教えたところで一朝一夕に身につくものでもありませんよ。それでも学びたいですか?」
「はい」
「……と、言っても、そろそろ我々も戻らねばなりませんから、アディにそこまで仕込めるような時間はないんですよねえ……」
「あ……」
そういえば、『惑う深紅』が、ここの町に滞在していたのは、あくまで俺を一か月鍛えるためで、その目的を果たした今、明日には出立するって言っていたっけ。
早いところ可愛い弟さんにも会いたいだろうしな。
多分だけど、スザンナはエリーさんの護衛も兼ねているのだろうから、ひとりだけ残るなんてことも出来ないはずだ。
ってことは、スザンナから化粧を教わることはできないのか。
がっかりしている俺の肩を、スザンナがポンと叩いた。
「そこで、この魔道具の出番です」
「魔道具」
スザンナが俺に手渡してくれたのは、手のひらサイズのコンパクトだ。
可愛らしい色合いをしていて、開けるとふたの部分が鏡になっており、本来入れ物となる部分には、魔法陣が描かれ、中央に魔石が埋め込まれている。
「使い方は簡単です。化粧をしたいときには中央の魔石をポンと叩き『テクマ……』」
「それ以上いけない」
「では『ムーンプ……』」
「だから!」
「『ピーリk……』」
「やめろって!」
こほん、とスザンナは咳ばらいをし、分厚い小冊子を2冊、共に俺にくれた。
「とにかく、中央の魔石をポンと叩いて願うと、化粧が完成します」
「めちゃくちゃ便利じゃないですか」
あのじっとしてされるがままだった時間が短縮されるってことだろ?
「とはいえ、その魔道具は本当に化粧ができるだけ。この小冊子を役立て、きっと復讐を果たしてくださいね。私も応援しています」
「アリスも!」
手渡された冊子には『美は一日にしてならず! 美を探求するものの生活マニュアル』と『堅物もイチコロ! 魅惑のオンナノコ仕草』と書かれていた。
「ちなみにそれ私ス……スザンナ著、『惑う深紅』監修です」
「アリスとエリー様のお墨付き!」
……そっかぁ。




