今日の酒は美味い
「それでは一か月、お疲れさまでした」
「いえ~い!」
「お疲れさまでした」
「おつかれさまっしたー!」
エリーさんが予約を入れてくれたのは、お高いけど個室になっていて、あまり堅苦しさを感じさせない店だった。
よかった。
こんな店なら、緊張しすぎて何喰ってるかわかんなくなることはなさそうだ。
「ありがとう、アディ。きみのおかげで自信をもって弟に鍛練をつけてあげることが出来そうよ」
「いえ、こちらこそ、本当にこっちが報酬をもらってしまっていいのかと思うぐらい、教えていただくことばかりで……」
本当なら、むしろこっちが金を払う方だよな。
「ふみゅう……アディはぁ、アリスにもよくついてきてくれてぇ、とってもいい子だったと思うのにゃぁ」
アリスの手にあるのは酒じゃなくて甘い果実水だ。
ごっつい両手でコップを抱えて大事そうにちびちびと舐めている。
この悍ましい生き物にも、気が付けば慣れたもんだなぁ。
……そういえば、イーサンは付いてこなかったな。
「あれ、アリスはお酒飲まないの?」
「アリスはぁ、お酒の味があんまり好きじゃないの。苦いものぉ。アリスは甘い方が好きなのぉ。スーちゃんみたいにいっぱいはいらないけどぉ」
「そっか、俺も酒を美味いと思ったことないんだよな」
俺の方は酒を果実水で割ったものにしてもらった。
甘いのはかっこ悪い気がしたから、酸味の効いた甘さ控えめのもの。
酒の味はするけど、まぁ飲める。
「あら、好きなものを飲んでいいのよ? 今日はアディのための打ち上げなんだから」
「飲んでるうちに美味いと思うようになる、っていうでしょう? 今日は美味く飲めそうな気がしたから」
「そう言ってくれると嬉しいわね」
ふふふ、と艶やかに笑ってエリーさんがグラスを掲げる。
うーん、やることなすこと絵になる人だ。
「一杯飲んだからって、美味しく思えるようになるとは限らないよぉ? それにお酒を飲むと暴れる人もいるでしょ? だから、お酒きらぁい。アリスはぁ、お仕事の時以外は飲まないよぉ?」
仕事で飲むこともあるのか。
……アリスの本業って何なんだろ。絶対冒険者は本業じゃないよな。
エリーさんの護衛とか、配下とかそのあたりじゃないかっていう予測は付くけど、そもそもエリーさんの正体がわからない。
「それはあなたがいつも苦い酒だのしょっぱい酒だのばかり飲む立場にあるからにすぎませんよ。アディにはこれからいくらでも美味しいお酒を飲む機会はあるでしょうに、水を差すものではありません」
「はぁい」
スザンナに諭されて、アリスがペロッと舌を出す。
エリーさんが飲んでいるのはお高そうな果実酒で、スザンナが飲んでいるのは俺と同じく果実水割りだけど、専用スペシャルだと言っていた。
きっと恐ろしく甘ったるい代物なんだろう。
飲んでいるものはてんでばらばらだけど、それもまた『惑う深紅』らしい。
テーブルの上には溢れんばかりに肉を中心としたつまみが置かれた。
肉の合間に甘いものも大量にあるのは、きっとスザンナのためだ。
一緒に過ごしたひと月でも思ったけど、ごっついアリスだけでなく、エリーさんもスザンナもよく食べる。
むしろ俺の方が負けているくらいだ。
「あ、美味い」
濃い色に煮込まれた肉を口にしたら、噛む必要もなくほろっとほぐれた。見た目とは裏腹に優しい味で、こっくりとした柔らかい味わいが口いっぱいに広がる。果実水割りを口にすると、酒の苦みが口の中をすっきりさせてくれた。
「……やっぱり今日の酒は美味しい気がします」
「飲みすぎないようにね?」
『惑う深紅』との食事は、あれが美味しい、これも食べておけと勧められることはあっても、横からメインをかっさらわれるようなこともないし、問答無用で一口持っていかれるようなこともない。
打ち上げだというのに、会話は弾んでいるのに、ゆったりと食事と酒を楽しむことができる。
「紅角鹿のロースト、貰っちゃってもいぃい? アディ食べるぅ?」
「いや、俺は煮込みの方狙ってます」
「では、こちらの皿はそちらに。そのメレンゲは貰っても?」
取り分けてもらったり、皿を回したりと、和気あいあいと食事をしていると、エリーさんが聞いてきた。
「アディはこの後どうするの? ギルドではしばらくはソロで、って言っていたけど、まだ上を狙うならパーティを組んだ方がいいわ。だからと言って、私たちのパーティに正式加入させるわけにもいかないのだけど」
「……間違いなく、即日死にますね」
文字通り桁違いのパーティに加入なんて、自殺行為だ。下手したら戦場に立つだけで死ぬ。
上位レベル保持者が完璧に警護してくれるならいいけど、そんなのもはや冒険者とは呼べないだろう。
「今日、アディをパーティに誘っていた方がいらしたでしょう? 乗り気ではなかったようだから、割って入らせてもらったけれど」
「あぁ、あれは助かりました」
それから俺は、イーサンと組んだ時のことと、その流れで『暁の星』を抜けた経緯について話すことになった。




