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「お父様、お約束の日まであと八日もありますが?」
「一応知らせておこうと思ってな。クレイグと名付けたお前の弟のことだが、出生届と公爵家後継の書類を提出して来た。約束の期日までには証明書が発行されるという事だ」
「そうですか」
言いたい事はたくさんあるけど、今言っても警戒させるだけだ。適当に返事をする。
「ところで、お前の夫は何処だ?子供が産まれたのに家にも戻らんとは余程に仲が悪いのだな」
「夫は遠征中ですが何か?」
「フン、お前は子供の頃から可愛い気が無かったからな。せいぜい愛想を振りまいて捨てられないようにする事だな」
余計なお世話であるが確かにわたしは可愛い気が無い。自覚はある。
子供の頃からこの父が嫌いだった。
伯爵家三男の父は令嬢達が振り返る美青年で、父はその美貌を有効に使ってより条件の良い貴族家への婿入りを狙っていた。
それに引っかかったのが、我が母グローリアス・アレイスター前女公爵である。
古の公爵家、と王国でも特別視される公爵家の次期公爵だった母、グローリアス・アレイスターは、面食いだった。
女性関係が派手で、いくつかのトラブルをおこしていた伯爵家三男を婿に迎えるとは、とそれなりに社交界を驚かせたらしい。
引っ込み思案で二十歳を越えていた一人娘がやっと結婚する気になってくれたので婿の人間性には目を瞑ったと、後に祖母から聞いた。
アレイスター公爵家が最も果たさなければならない役目は次代の女児を生む事。
これを明かされるのは女当主の信頼を得た伴侶のみ。祖父は理由を知っている。父は勿論教えてもらえなかった。
公爵家の女婿となって大人しくしていたのは、わたしが五歳頃までだったらしい。
父は自分が公爵になれると思っていたのに祖父母が家督を母に渡して隠居したのだ。
その時に我が公爵家は、特別な血を残さねばならないこと、確実に残すには当主が女でなくてはならない事を言ったそうだが、理解できなかったらしい。
つまり、子供は確実に母親の子ではあるが、父親は違う者かも知れない。今ならDNA鑑定で確認できるけど、この世界ではそんなものない。
自分が公爵になれないと知った父は、それからは隠すこと無く浮気し放題で、母に暴言を吐き、家庭を顧みること無く放蕩三昧だった。
わたしが七歳くらいの時だったか、一人の女がアレイスター公爵家を訪れた。
父の子を妊娠したと言う。
「それで?貴女はどうしたいと言うのかしら?」
「公爵様のお子を宿しているのですから、こちらでそれなりの生活をさせていただけますよね?」
「貴女のお腹の子が本当に夫の子ならばね」
「何て事をおっしゃるんですか!ひどい!」
「夫はね、数年前病いに罹り子種を無くしてしまったの。だから女性を妊娠させる事ができない身体なの」
「そ、そんな…」
「貴女には本当の父親が誰かわかっているでしょう?」
「………」
「私の夫はあれで結構嫉妬深いのよ。もし貴女が他の男性ともお付き合いしてると知ったら……かなり激昂するでしょうね」
母は憐むような眼差しで女を見た。
「……あ、ああ!申し訳ありません!あの、あの…どうかお助け下さい」
女は父が怒ったときの様子を知っているのだろう。本気で怯えていた。
「……貴女が今すぐに公爵家の領地のフォルスに行くならそこで生活できるようにとりはからってもいいわ」
結局その女は王都を離れフォルスへと旅立った。
そんな騒動が何度かあったのだ。
父を好きになれるわけがない。