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青い月の王宮 Blue Moon Palace  作者: 深山 驚
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ひと目惚れ? Got A Crush On Her?


 吸い込まれそうなほど深く青い瞳が、プラチナブロンドの髪ときめの細かい白い肌に映える。シンはあっけにとられて言葉を失った。メガロポリスを仕切る最大の裏組織プラウドの幹部ともなれば、美女は飽きるほど見ている。けれども、目の前にいる若い娘は、手で触れられそうなほど鮮烈で神秘的な雰囲気を、全身からかもし出していたのである。そのオーラに心を激しく揺さぶられ、時間が止まり思考も途切れたシンは、唖然としてキャットを見上げていた。


「うちが虎部隊に見える?」


 キャットと名乗る女は、さっきまでのふざけた軽口とはうって変わった静かな声で尋ねた。


「いいや・・・あのミュータントどもは、お前みたいに軽くないからな。いつだって無表情でくそ真面目な連中さ。それにお前が連中の一味なら、俺はとっくに消されているだろうよ」


 魂を抜かれたように女を見つめていたシンは、ボソボソと言葉を紡ぎ出した。憑き物が落ちたように怒りも痛みも忘れて、柄にもなく神妙な顔つきに変わっている。暴力と陰謀と裏切りにまみれた裏社会で、しぶとくのし上がることしか頭になかった若者は、生まれて初めて何か神聖な存在に触れたように感じて、ひどくまごついてうろたえていた。


「うちの頼みを聞いてくれるっちゃね?」

 

「動画と引き換えか?だが事と次第によっちゃ断るからな」


 シンは感情のこもらない平板な声で答えた。キャットの瞳に魅入られ、まだ自分を取り戻せない。なんて不思議な女だ・・・


「安心して。録画なんかしてないっちゃ!」


 キャットは首を横に振った。


「何だと?じゃ、あれははったりか?ちっ、食えないヤツだ・・・痛い目に遭わせたうえに騙しやがって、俺が引き受けるとでも思ってんのか?」


 ようやく我に返ったシンは、言葉とは裏腹になぜか怒る気も失せて、舌打ちすると苦味ばしった彫りの深い顔に自嘲するように笑みを浮かべた。


「思ってるっちゃよ!」


 キャットもニコっと微笑んだ。歳に似合わず大人びた女が不意に見せた輝くように愛らしい笑顔に、シンは胸を突かれた。遠い昔に置き去りにした、懐かしく暖かいぬくもりの記憶が蘇ってくるようで心がなごむ・・・


「外人だな、お前。おかしな日本語をしゃべりやがって。日本は長いのか?山口か関西か?いったいどこから迷い込んだ?」


 妙に穏やかな気分になったシンは、照れ隠し半分に話題を逸らせて、いちゃもんをつけた。


「うちの身の上話なら、そのうちじっくり聞かせてあげるっちゃ」


「お前の身の上話なんか知ったことか!どこの迷い猫か知らないが、さっさと用件を言え。俺は忙しいんだ!」


 自らの感情の変化に面食らったシンは、戸惑いを振り払うように突っ張って見せた。いつの間にやら女のペースに乗せられて、まるで親しい仲間のように頼みごとを聞いてやる気になっていた。


「自分で尋ねといて、なんだっちゃ、その態度は?」


「ふざけんな!不意打ちを食わせたくせして、調子のいいヤツだ・・・まあいい、今日のところはお前の勝ちってことにしといてやるよ、キャット」


 キャットの言葉に少しも腹立たしい気持ちが湧いてこないから、いったいオレはどうしちまったんだ?と、シンは内心苦笑いせずいられなかった。


「何度やってもうちの勝ちだっちゃよ、シン。さあ、立つっちゃ!」


 両腕を握って助け起こす。シンは右太ももの痛みが消えているのに気づいたが、助け起こされるまま立ち上がった。立ち上がると女は思ったより小柄で、頭ひとつシンより背が低い。シンのがっしりした手を握ったキャットの手は、びっくりするほど小さく滑らかで暖かく、その温もりに面食らったシンは、思わず手を離してきまり悪そうにアーミーパンツのポケットに突っこんだ。


「オレの名を知ってるのか?当然か・・・オレのことは調べ上げてるんだろう?お前はただ者じゃないからな」


 格闘技のコンテストなら話は別だが、戦闘で自分を打ちのめした相手に助け起こされるなど、到底受け入れがたい屈辱である。相手が違えば、乱暴に手を振り払うところだ。けれども、今のシンにはそんな気はこれっぽちも湧いてこない。柔な気持ちになるのを嫌っているのに、不思議と自分に素直になってしまうのだった。


「うちはただのカタリーナだっちゃ。苗字はわからないっちゃ・・・なぜって、ママ上は失踪して、パパ上もどこにいるかわからないから」


 キャットは肩をすくめ、冗談めかして受け流した。


「お前、みなし子か?じゃあ、俺と同じ身の上ってわけか・・・」


 シンは眉を曇らせてキャットの顔を見ながら、しんみりとした口調でつぶやいた。こいつも俺と同じ苦労をしたのか、とつい同情をそそられたのだが、娘はすぐ軽いノリに戻って、シンの気持ちを逆なでするように釘を刺した。


「同類だからってうちに手を出すと、また痛い目に遭うっちゃよ!」


「バカ言え、ちっとばかり美人だからって、うぬぼれんじゃねえぞ!お前みたいなはねっかえり女は、こっちから願い下げだ!」


 しみじみと共感を感じた途端に乱暴に突き放され、ムッとしたシンはこのビッチはとことん食えないヤツだ、とまたカチンとき始めていた。けれども、キャットは何かに気をとられて、通りの方に顔を向け左右を見渡している。


「調子が戻ってきたっちゃね、シン!邪魔が入ったから、また後で連絡するっちゃ!」


 そう言い残すなりくるっと背を向けて、狭い路地を奥へ向かってすたすた歩き去って行く。不意に置き去りにされたシンは、拍子抜けして呆然と女の後ろ姿を見送った。


「とっとと消えちまえ、猫女!」


 シンは口惜し紛れの捨て台詞を吐いて、手早く武器を拾い上げると路地を出たが、その顔に怒りの色はなくかすかな笑みが浮かんでいた。キャットの言葉通り、偵察ドローンを先頭に、街の見回りに出たプラウド配下のラガマフィンの一団が、こちらに向かってやって来た。シンの姿を見ると、全員が次々に右手を挙げて敬礼しながら通り過ぎて行く。シンも敬礼を返してラガマフィンをやり過ごすと、エアバイクを止めたプラウドのたまり場へとって返した。


 あの女、どこか懐かしい匂いがする・・・


 キャットとの出会いはシンの胸に望郷の想いにも似たあこがれと、久しく忘れていた安らぎを呼び覚ましたのだった。男が女に抱く欲望とはおよそかけ離れた、崇拝に近い感情だったから、シンはその気持ちを持て余していたが、同時にこんなに晴れやかに高揚した気分は初めてだと感じていた。いかにもワルらしい剽悍ひょうかんな顔から、いつもの鋭い目つきは消えそっと胸でつぶやく。


 これがひと目惚れってやつか?まさかな、俺らしくもない・・・



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