不思議少女 Deja Vu
「イルカちゃん?ああ、レジのあの子か」
匠が何気なく答えると、小田がすかさず突っ込みを入れた。
「な~に、すっとぼけてんですか!お気に入りだって言ってたじゃないですか?」
「何だか気になるって言ったけど、お気に入りなんて言ってないぞ。だいたい若過ぎるだろう?どう見たってまだ高校一年ぐらい・・・」
小田のヤツ、ナニ勘違いしてるんだと思った匠だが、あれっとおかしなことに気づいた。なぜ高校生がシティにいるんだろう?
それにあの子にはちょっと不思議なところがあった。
イルカちゃんとは、エリア21のスーパーマーケットで働くレジ係りで、清算を終えると決まって笑顔でお客の目を見つめて二、三度うなづく癖がある。その仕草が人懐こいイルカを思い起こさせるのだった。
エリア21は二十一世紀前半から中盤の街並みを再現した特別区で、アポカリプス前の街並みを忠実に再現している。二十二世紀後半の最先端技術を駆使して建設されたシティでは異色を放つ地域で、過去にタイムスリップしたような気分になる。
匠がイルカちゃんを初めて見かけたのは二カ月ほど前だった。
レジの女性店員も二十一世紀当時の紺色のエプロン型の制服と頭巾姿だ。匠が並んだレジの女性店員は、左胸に「レジ係り コマツ」と書かれた名札をつけていた。
身長は百六十センチ足らずで、白い肌のふっくらとした丸顔、目じりが上がった二重瞼の細い目、小さな口と先端がつんと尖った鼻が絶妙にバランスが良い。
いにしえの大和民族の特徴を色濃く残した顔立ちが印象的だった。
彼女を見た瞬間、匠はどこかで会ったことがあると感じた。デジャヴュは脳の誤作動と考えられている。匠もそれまでに何度か経験があった。けれども、その日はこれまでになく強烈なデジャヴュを覚えたものだから、思わず彼女の顔をじっと見つめ直したぐらいだ。
「いらっしゃいませ」
レジ係の女性は涼しげな声で挨拶してちらっと匠の顔を見たが、すぐに視線を移して手際よく商品を清算してくれた。
「お持ち帰りですね?袋はご利用になりますか?」
土に返る素材が普及したおかげで、エリア21でも建築物や家具、商品や買い物袋にもプラスティク類はまったく使われていない。
「あっ、お願いします・・・忘れて来たもので」
地域社会の人間関係が濃いのもエリア21が住みやすい理由で、いつも匠は新しく入った店員とも気軽に話を交わす。ところがこの日に限って、妙にかしこまって緊張してしまい、我ながらぎこちないと少しばかり狼狽した。
「かしこまりました」
その子は落ち着きはらっていて、その言葉使いも身のこなしも、どこか庶民とはかけ離れた感じがした。
「ありがとうございました。またお越し下さい」
清算が済むと匠の目をじっと見つめて両手を胸の下で組み、二、三度うなづいて笑顔を見せた。小さな口から綺麗に生え揃った真っ白な歯が覗く。
その瞬間、匠は再び強烈なデジャヴュを感じた。目の錯覚かと思わず瞬きをしたぐらいである。
そして、デジャヴュじゃないかも知れない。どこかで会ったのではと思いついたのだが、家に帰る道すがらひたすら思い出そうとしてもどうしても思い出せなかった。
シティに移り住んで四年目になるが、このドーム都市でイルカちゃんと出会ったのはその日が初めてなのは間違いない。
その後も、買い物で何度か顔を合わせる度にデジャヴュを感じて、それが気になってイルカちゃんの年齢にまで気が回らなかった。
「そうだよなあ、どう見たって十五歳ぐらいだ、あの子。おかしいな。シティは放射線管理区域扱いだから、十八歳未満は住めないのに。飛び級した学生や特殊職は例外だけど」
匠がつぶやくと小田がチャチャを入れてきた。
「でしょ!だから飛騨乃さん、手を出しちゃダメですよ。法定強姦で逮捕されますからね!」
「まったく~、人を犯罪予備軍みたいに!どこかで会ったはずなのに、思い出せないから気になってるだけだよ」
「まっタク~、そうなんですか?」
小田のニヤニヤ笑いに、また引っかかったと匠は内心で舌打ちする。あだ名を混ぜっ返して匠の口癖をからかうのが小田の趣味だった。
「しかし、おかしいですよね~、本当は高齢者で若返りの遺伝子操作で実験台になったんじゃないですか?」
唐突に遺伝子操作に話が飛んでいった。
「あの子が実は高齢者ってか?夢があると言うべきか、夢を打ち砕かれたと言うべきか・・・」
匠はぼやいたが、突拍子もなく飛躍する小田の話は中身が濃いので聞いていて飽きない。
「それなんですよ!遺伝子操作では臓器の複製や歯の再生はできても、全身の若返りは結局うまく行ってないんです。動物実験では成長が止まらなかったり、突然変異したりで、とても人間に応用できる段階じゃないんです」
遺伝子治療、再生医療などは二十一世紀以降、急速に実用化された。二十世紀の抗生物質の開発以来、もっとも画期的な技術は医療現場を大きく変えていたのである。
当然のようにその技術が軍事目的に転用されているという話も聞くし、ネット上では超人ミュータントが「製造」されているという噂も絶えない。
科学的根拠がないと笑い飛ばせないぐらい、遺伝子操作の技術はそれぐらい恐ろしい勢いで進んでいる。
お調子者の小田の話は、スーパーの女性店員の話をきっかけにSFめいた超人ミュータントにまで止め処なく広がった。と、熱っぽく話していた小田は突然、ラウンジの大型ホログラムに気を取られる。
「あれっ、もう十二時じゃないですか!」
匠が目をやると正午の全国ニュースが流れていた。
二週間ほど前の夜、シティ沖合いで米軍の最新鋭偵察機が空中爆発した事故の続報だった。
通信妨害探査システムがシティの南海岸で直径五十メートルほどの小規模な通信波欠損を感知、その対応で空母から緊急発進した偵察機だという。
行方不明の女性パイロットの捜索が打ち切られるという報道の中で、ビアンカ・スワン中尉、二十二歳というテロップが流れた。緊急脱出装置の作動信号は送信されておらず、パイロットの生存は絶望視されている。
同い年か、気の毒に。家族や友人や隊員たちはさぞかし辛い思いをしているに違いない・・・
匠が画面に見入っていると、イヤー・モジュールに着信音が飛びこんできた。貴美からの電話だった。
「タク、今どこ?」
「大学。エリア21の。なんで?」
「今朝のリアルな夢、気になって専門家に聞いたの。昨日は相当被ばくしているから一応脳の検査を受けた方がいいそうよ」
「えッ、検査?そんなの必要ないよ。線量計だと昨日は1mSvいってない。まあ今年はこれ以上の被ばくは抑えないといけないけど、大丈夫だよ!」
「それがね、何だかぼっーとしていたから心配で、実はもう予約を入れてしまったの」
匠は心外だった。それに相談もなく一方的に決めてしまうのも貴美らしくない。けれども過去の経験からこういう場合、姉に従ったほうが良いとよくわかっていた。
「マジ?午後は空いてるからいいけど・・・」
確かに記憶があやふやだし頭がすっきりしないから、姉の言うことにも一理あるかと思い直した。
「良かった!じゃあ場所をメールするわ。予約は三時よ」
貴美はそう言って通話を切った。