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青い月の王宮 Blue Moon Palace  作者: 深山 驚
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王の願い It's An Order

「大丈夫ですか?」

 右手を公爵の額に当てたままタリスが尋ねた。

「身体を伸ばして楽にして。肩の力を抜いて静かにゆっくりと深呼吸してください」

 タリスの不思議な力で傷は奇跡のように癒えたが、何日も磔にされて両脚は棒のように硬直して感覚がなく、公爵は扉にもたれてまま動けなかった。それでも、身体を伸ばして深呼吸を繰り返すうちに、じわじわと血の巡りが回復してゆく。


 タリスの言葉は衝撃的だった。

「サウロンは、あなたに見つけて欲しかったのです」

「そうだったのか・・・だから、ランポを解き放って僕の屋敷に向かわせたんだね・・・」


 あの日、ランポと鉢合わせしたのは偶然ではなかったのだ。そして、サウロンは小屋の扉に(かんぬき)をかけ忘れたのでもない。

 だから、あんなことに・・・



 壁に叩きつけられた衝撃で、数秒間まるっきり息ができなかったが、ヒューっと喉を鳴らして呼吸が戻った。公爵は這うようにして身体を起こしたが、立ち上がれずに片膝をついたまま空気を求めて喘いでいた。

 その間、サウロンは黙って仁王立ちのまま、公爵を見下ろし佇んだままだった。殺しかねないほどいきり立っていたのに、なぜ、自分に追い討ちをかけて、逃げた少女を追おうとしないのか?

 公爵は目を上げてサウロンを見た。

 握り締めた逞しい両手が、ぶるぶると小刻みに震えている。

「サウロン・・・」

 驚いて話しかけた瞬間、

「黙れ!」

と、一喝された公爵は、信じられないものを目にしたのである。王の青い瞳から溢れ出た涙を・・・


 子供の頃から、サウロンが涙を見せた事はただの一度たりともない。あまりに衝撃的な姿に愕然とした公爵は、言葉もなくサウロンを見つめた。


「思った通りだ・・・あんな小娘のために身体を張るとはな。いったい、お前は臆病なのか勇敢なのか、ずっと不思議でならなかったぜ」

 さっきまでの激情が嘘のように、静かな口調に変わっている。今なら話ができそうだと思った公爵は、ふらつきながら立ち上がって壁にもたれて、かすれた声を振り絞った。

「聞いてくれ!もう一度言うよ。僕は友だ。話を聞かせてほしい。ニムエのためにもお願いだ!」

 すると、サウロンは顔を左右に振りながらフンと笑って鼻を鳴らした。

「ニムエ?ニムエか・・・フフッ」

 それはどこか虚ろな嘲り笑いだった。公爵を嘲っているようにも、自嘲しているようにも響いた。

「俺が少女たちを襲ったと知ったら、ニムエがどう思うだろうな?ニムエを傷つけるような真似は、お前にはできないよな!」

 そう言ってサウロンはニンマリした。それは、どこか投げやりでシニカルな笑いだった。

「何てことを言うんだッ、サウロン!正気か?ニムエを苦しめると思うなら、わけを話してくれ!僕にできることがあれば・・・」

「正気だとッ!俺が正気だと思うのかッ!たいたい、貴様なんかにわけがわかってたまるかッ!」

 サウロンの表情は不意に憎々し気に歪んだ。いい子ぶりやがって、と言わんばかりに公爵を睨みつけて叫んだ。

「ガキの頃から虫も殺せない腑抜(ふぬ)けのくせに、人のために命を懸けやがって!お前の正体を今日こそは(あば)いてやる!」


 獰猛な顔つきに戻ったサウロンは、素早く狩猟ズボンを探った。どこに隠し持っていたのか、まるで魔法のように右手に短刀が現れた。ぎらぎらと異様に光る眼で、まじろぎもせずにこちらを見据えながら、三日月型の弧を描く刃渡り三十センチほどの短刀を手に、見上げるような巨体が目前に迫った。

 壁にもたれてまだ喘いでいた公爵は動くに動けなかった。殺されるかも知れないと感じたが、不思議と怖いとは感じなかった。

 こんなにも態度がころころと変わり。感情の起伏が激しいサウロンをどうやって落ち着かせたらいいのだろう?

 その事で頭が一杯だった。

 怒り狂ったサウロンは一瞬で距離を詰めて、太い左腕で公爵の首をひっ掴んだ。まるで鶏でも捕らえるかのように、左手一本で首を掴み楽々と公爵の身体を持ち上げる。信じ難い膂力(りょりょく)だった。


 公爵は人並み以上に体格が良いのだが、壁に沿って文字通り身体が浮いていた。息が詰まりたちまち顔が鬱血して激しい耳鳴りが響く。太い手首を両手で掴み懸命に声を振り絞った。

「少女に手を出したって、苦しみが増えるだけだ!サウロン、頼むから話を・・・」

「やかましいーーッ!」

 サウロンは耳をつんざくような怒号と共に、右手の三日月刀を器用に握り直して振りかざした。窓から入る初春の夕暮れの陽射しにぎらっと大振りの刃が光った。


「ダメだ!殺される!」

 公爵は観念して目を閉じた。次の瞬間、壁が揺れるほど激しい衝撃が走った。顔のすぐ左横に、鈍い音を立てて三日月刀が深々と食いこんだ。

 と、サウロンがいきなり公爵の首から手を離した。床に足が着くと、公爵は息も絶え絶えに壁にもたれかかった。サウロンは唇を強く噛んで、苦悶の表情を浮かべ低い声で言い放った。

「さあ、剣を取れ!」

 意外な言葉に驚いたが、ここは逆らわずにサウロンを落ち着かせようと、公爵は右手で顔の左側に突き立つ三日月刀を引き抜こうとしたが、びくともしない。見ると三日月刀が刺さった固い丸太に細い亀裂が走っている。サウロンならではの破壊的な力技だった。何度か(つか)を上下させて、ようやく引き抜くことができた。

 抜き取ったずっしりと重い短刀の切っ先を下に向けて、これで落ち着いて話ができるかも知れない、と公爵は一縷(いちる)の望みを抱いた。


 ところが、サウロンは思いもよらない行動に出た。

 右手の人指指で自らの左肋骨の間を押さえ、左手で公爵の右手を引き寄せ三日月刀の切っ先を当てがった。そして、奇妙なほど静かな声でこう命令したのだ。

「ここだ、わかるな?ここなら心臓まで突き通すのは簡単だ。さあ、やれ!」

 驚いてサウロンの手を振り払おうとしたが、万力にでも締め付けられているかのようにびくともしなかった。

「何を言うんだッ、サウロン!?死ぬ気か?なぜだ?頼むから話を聞かせてくれッ!」

「無理だ!どうにも自分を抑えられない・・・俺の手は少女たちの血で汚れているッ!もう限界なんだ。さあ、やれッ!刺すんだ!これは命令だッ!」

 サウロンは公爵の身体を分厚い胸で抑えこんで、激しく壁に押しつけて叫んだ。

 それは、血を吐くような魂の叫び声だった。


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