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青い月の王宮 Blue Moon Palace  作者: 深山 驚
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サウロン Sauron

 あまりのことに、アトレイア公爵は狩猟小屋の入口で凍りついたように立ち止まった。女は横向きに転がり背中を向けてぐったりしてる。ショックで動けないらしい。質素な衣服から見て村娘のようだ。


 寝台から立ち上がり、歩み寄って来たサウロンの姿は、丸腰にもかかわらず破壊力の化身そのものだった。シャツと狩猟用のズボンだけの姿で、弓矢をはじめ携帯していた武器の(たぐい)は、テーブルの上に置いている。壁には直剣や槍や手斧がひと揃い掛かっている。鎧兜と(すね)や膝や手甲用の防具もスタンドに乗せ固定してあった。


 この狩猟小屋は国境の検問所から、数キロ入った地点に建てられ侵略にも備えた造りになっている。出入り口は表の扉一箇所だが、床に隠し扉があり、地下道で森の中の物見櫓の小屋に通じている。窓にも頑丈な鉄格子が(はま)っている。


 サウロンの乱れた黒い蓬髪(ほうはつ)の間から、ギラギラと不気味に光る碧眼が覗いた。シャツ一枚の上半身には胸や腕の分厚い筋肉がくっきりと浮かび上がり、いつに増して威圧的に映る。身長は公爵より十センチほど高く、体重は二十キロ以上重いはずだ。王位に着いて三年ほどの間に、ひと回り体格が良くなっている。


 二十キロもある鎧兜を身に着けても、その動きは虎のように敏捷で、軽々と大剣を操る。数人の敵騎士の攻撃をかわし、凄まじい早業で全員を蹂躙(じゅうりん)したことも一度や二度ではない。屈強な敵兵の首を素手の一撃でへし折ったことさえある。

 常に騎士団の先頭に立ち、常識はずれの素早い奇襲と巧みな戦略を駆使して、(かなめ)となった戦さでオパルに勝利をもたらし、最終的に国境を守りぬいて有利な条件で和平にこぎつけた。

 しかし、サウロンは敵味方双方に犠牲者を増やすのを嫌った。戦闘に勝利しても決して深追いはせず、侵略に転ずる事もなかった。周辺諸国の王族や政治家たちは、次第にこの小国の若き国王に敬意を抱くようになり、それが和平成立への大きな足がかりとなったのである。

 英雄だったが独裁者ではなく、諸外国との交渉の場では宰相プロスペロの優れた外交手腕に判断を委ねる度量も備えていた。


 ところが、五年に及ぶ国内外の戦争を経て、ようやく平和な日々が訪れた後、サウロンに異変が起きる・・・


 激しい感情の起伏を抑えられなくなり、臣下の些細な不手際に激怒して、いきなり暴力を振るったかと思えば、公務を放り出して半日も行方をくらましたり、その後何時間も自室に(こも)り人を寄せつけないなど、次第に不穏な行動が目立つようになった。

 戦乱で抱えこんだ闇に心を(むしば)まれていたのだが、ニムエもプロスペロもアトレイア公爵も、サウロンが閉ざした心の扉を開けないまま月日は流れ、ついに破局を迎えてしまったのだった。



 血に飢えた大型の肉食獣が迫って来たような戦慄を覚えながらも、アトレイア公爵は必死で呼びかけた。

「サウロン、お前は友だ!わけを聞かせてくれ。助けたいんだ!」

 だが、逆効果だった。サウロンは逆上して()えた。

「助けるだと?笑わせるな!お前に何がわかるッ?戦場に背を向け、武器を取ろうともしない臆病者のくせに。身体を張ってこの国を守ったのはこの俺だ! ニムエと俺の部下たちだ!命賭けでお前たちを守ったのに、その俺を助けたいだとッ!?」


 この状態ではとても抑えきれないそうにない。思わず後ずさった公爵の目に、サウロンの背後で、寝台に横たわる村娘が身じろぎするのが映った。


 あの子だけは逃がさなければ・・・

 娘の退路を確保しようと、右手の壁に沿ってじりじり横ずさりすると、怒り狂ったサウロンは、(わめき)き散らしながら迫った。

「お前は、昔から目障(めざわ)りな奴だった!大人になっても善人ぶった甘っちょろいガキのままだ。武器も持ち歩かないなんてどうかしてるぜッ!」


 そして、サウロンは苦々しい顔つきで、耳を疑う言葉を吐いたのだった。

「お前みたいな軟弱な奴に何で妹が惚れたのか、さっぱり理解できないぜ!まあ、あいつも自分の気持ちに気づいてないようだがな!」


 ニムエが!本当だろうか?この状況でも公爵は胸が躍るのを感じた。が、サウロンは激しい口調で冷や水を浴びせたのだった。

「お前があいつにぞっこんなのもわかってるぜ!だがな、お前みたいな軟弱者にあいつを任せられるかっ!もう二度とニムエに近づくんじゃないぞ!」


 藪から棒にニムエに近づくなと怒鳴られて、公爵はいつものサウロンじゃない、明らかに変調を来たしていると悟った。

 サウロンは元来が鷹揚(おうよう)な性格で、いくら気に入らないからと言っても、いきなり幼馴染の二人の仲を裂くような真似はしない。圧倒的な強者(つわもの)ならではの心の余裕まで失っている・・・


 サウロンは(さげす)むような表情で言いつのった。

「だいたい、お前は身分の低い弱い連中の味方ばかりしている。いいか!この世は喰うか喰われるかの戦場だ、お前みたいな甘っちょろい奴に、国を守れるとでも思っ てるなら・・・」

 

「逃げろっ!」

と、叫びざま、公爵はいきなりサウロンの両膝目がけて飛びついた。

 ニムエに近づくなと言われてカッとなったのではない。サウロンの肩越しに、少女が半身を起こす姿が眼に入ったのだ。考えを巡らす前に咄嗟に身体が動いたのだ。

 さすがのサウロンも不意を突かれて、もんどりうって床に仰向けに倒れこんだ。


「くそッ、離せッ!」

 公爵ともつれ合ったサウロンは、強靭な下肢をばたつかせて両足で蹴りつけてくる。村娘が寝台から立ち上がり、扉を抜けて小屋を飛び出す姿が横目に見えた。顔は見えなかったが、乱れた衣装もそのままに走り去って行く。束ねた黒髪が肩の上で踊っていた。

「逃がさんぞ、タリス!」

 まるで猛獣の咆哮(ほうこう)のようなサウロンの怒号が響いた。敵兵から狂戦士と恐れられる凄まじいウォークライに身震いして、心が萎えるのを感じながらも 、公爵はサウロンの両足を抑えこもうと死に物狂いでしがみついた。

 少女が逃げる時間を稼ぎたかったのである。


 しかし、サウロンは両膝を曲げて、易々と公爵を引き()り寄せ、両手で上着を掴むやいなや両脚を跳ね上げて、軽々と頭越しに投げ飛ばした。恐ろしい力に文字通り吹き飛ばされ、公爵の身体は小屋の丸太の壁に激突して床に転がった。背中を強打した衝撃に息が詰まり、どうにも立ち上がれない。


 そのまま少女の後を追えば、易々と連れ戻せただろう。 ところが、サウロンはなぜかそうしなかった。


 立ち上がって公爵をじっと見下ろしたまま、その場を動こうとはしない・・・


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