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青い月の王宮 Blue Moon Palace  作者: 深山 驚
35/58

追い詰められて No Way Out

 蘇った衝撃的な過去に圧倒された匠は、激しいジレンマに心を引き裂かれる。


 あの日、一人の少女が王家の狩猟小屋に居たから・・・


 ニムエがその存在を知ればあの娘を探し出すだろう。いったん小屋から逃げた少女が、サウロン殺害に戻るはずはない。それに、あの短刀を持ち上げるだけでも少女の手に余る。まして、強靭なサウロンの胸骨を断ち切って、心臓を突き刺せるはずもない。

 だが、彼女はサウロンがひた隠しにしていた陰惨な秘密を知っている。絶対王政の時代だから、最悪の場合、王家の体面を保つため口封じに村全体が焼き払われるかも知れないのだ・・・

 

 ニムエにはとても話せない!


 肝心のサウロン殺害の真相は記憶から抜け落ち、あの少女の存在とサウロンの秘密は明かせない・・・匠の心は千々に乱れた。


 ニムエの目には惑乱する匠の姿は、サウロン殺害の記憶が戻り動揺しているとしか写らなかったが、ニムエもまた迷っていたのだ。

 お人好しで鬱憤晴らしに当たり散らす格好の相手とは言っても、アトレイア公爵は幼馴染だ。しかも、争いを嫌って国防軍にも参加せずヒーラーの道を選んだ公爵が、サウロンを殺すとはにわかには信じ難い。

 いくら邪険に扱ってもへこたれず、一途に自分に好意を寄せるこの男はどこか憎めない・・・状況証拠なら揃っている。でも肝心の動機は?犯人という確証がほしい!


 ニムエは逸る気持ちを抑えて口を開いた。


「お前の上着をあの小屋で見つけた。血まみれだった!ポケットに空の小瓶があった。中にブラックロータスの粉が残っていた!」


「上着を脱いで、サウロンの出血を止めようとしたんだ。でも、ブラックロータスは知らない!」


「小屋の外に薬草が入ったお前の鞄があったわ。でも、中にはブラックロータスの瓶はなかった!」


「そんなバカな!あの日は雨が上がってから薬草を取りに森に入ったんだ。鞄にはいつも薬草のサンプルを入れてる、ブラックロータスもあった。でも、取り出してない・・・」


 混乱した匠は頭に両手を当てがって呻いた。


「ダメだ!思い出せない!」

と、声を振り絞る。立て続けに証拠を突きつけられ、自分が殺すはずはない、という確信が揺らいだ。


「なぜ、兄上を殺したの?」


 匠をまじまじと見つめながら、ニムエが静かに尋ねた。仮面のように無表情な顔に変わっている。ぞっとするほど冷たい炎が茶色の瞳に宿っているのを見て、匠のみぞおちに引きつるような恐怖がこみ上げた。


「わからない!殺したかどうか覚えてないんだ!ブラックロータスを持って入った覚えもない。サウロンと話をしたのは覚えている。でも、その後のことは・・・」


「何を話したの?」


 ニムエは冷ややかな声で匠を遮った。


「あの時、サウロンに言われたんだ・・・」


 匠は言葉に詰まった。あの日、衝動的に王に飛びかかって少女を逃がした。その後床に叩きつけられて転がった匠に向かって、サウロンはこう言ったのだ。


「もう、君には近づくなって。お前みたいな軟弱な奴に、なぜ妹が惚れたのかさっぱり理解できないって・・・」


 ニムエの動きは目にも止まらなかった。一瞬で左手の上腕を匠の首元にあてがい、右手に握った短刀の刃を喉元に押し当てていた。刃を寝かせて押し当てられ、幅広の冷たい感触に身体まで凍りつきそうだ。それから、ゆっくり刃を立てられ、皮膚が切れ血がが滲み出るのがわかった。匠は恐怖のあまり息を止めて凝固した。


「ふざけないでッ!誰がお前なんかに!」


 ニムエは吐き捨てるように言い放った。


 匠は息を呑んだ。ショックだった・・・ニムエから罵声を浴びせられたのは、生まれて初めてだ。からかわれたり当り散らされるのはしょっちゅうだったが、こんな冷酷な言葉を投げかけられたことはない。

 恐怖よりも、絶望と悲しみで胸が張り裂けそうになる。同時に、物心ついて以来、どれほど深く彼女を想ってきたか改めて悟って、震える唇を噛みしめて切ない想いに耐えていた。

 

「それで、ブラックロータスを使って、兄上を眠らせたのね!そして、殺したって言うのね!」


 激怒したニムエの身体が震えている。今にも喉を掻き切りそうな剣幕だった。

 

「よくも、よくも、そんな卑劣な真似ができたわね!」


 ニムエの表情には幼馴染みに向ける親愛の情は微塵もなかった。犯罪者を見る目つきに変わっていた。打ちひしがれた匠は、弁明する気力が失せていくのを感じた。

 ニムエへの恋心は無残に打ち砕かれた。しかも、サウロンを殺害していたら?こうなったからには、せめてニムエが慕った兄王の思い出とあの少女の命だけは守らなければ・・・と、萎えた心の片隅で、匠は自分に言い聞かせていた。


 ニムエへの恋心は子供の頃から続いて、いつもかなわないと知りながら、心のどこかでわずかな望みを抱いて彼女を見つめている自分がいた。だからこそ、あの小屋でサウロンが告げたニムエの話はとても信じられなかった。

 それでも、もしかしたらと胸がときめいたのを思い出した。だから、今のニムエの反応がなおさら堪えた。


 オパル国王夫妻の謎の死をきっかけに勃発した内戦と、侵略者との戦いでオパルは荒廃して、何年も辛い出来事が重なった。すべてに疲れ果ててきしんでいた匠心がとうとうポッキリ折れてしまう。

 「ニムエに会うなと言われたからって、サウロンに殺意を抱いたりするはずはない」と、心の中で小さな声がする。自分は相手が誰であれ、殺すより殺される方がましと何年も感じてきたのだから・・・

 でも、もうひどく疲れてたまらなく悲しいだけだ・・・もう、どうでもいい、早く消えてしまいたい。


 うつ向いて観念した姿を見て、ニムエは短刀を鞘に収めた。

 

「両手を出して」


 怒りを通り越して感情のない平板な声で命じる。匠が呆然と両手を差し出すと、ズボンの後ポケットから小さく束ねたロープを取り出し、手早く両手首をぐるぐる巻きに縛りあげてきつく結んだ。無言で髪をつかんで、首を挟んでいる矢の間から容赦なく匠を引きずり出した。

 ニムエが指笛を吹くと、森の中から白馬が早足で現れた。王女の愛馬バレーノである。サウロンの愛馬ランポより小柄な牝馬ひんばは、その名の通りの駿馬でランポより脚が速い。バレーノは匠に気づくと首を傾げて目を瞬かせた。

 すべてに無気力になっていたものの、匠は懐かしさに思わず涙が出そうになった。馬は人間の気持ちを敏感に感じ取る。二人の間に漂う緊張感を察して不安になっていると手に取るように分かった。



 現世の飛騨乃匠、千年前のサマエル・アトレイア公爵は、内戦の前に両親を海難事故で失った。その心の傷も癒えないうちに内戦が勃発、言うに耐えない残酷な出来事をさんざん見聞きしてきた。うち続いた過酷な体験は、十代半ばのサマエルには深い心の傷となって残ったのである。

 内戦が終わった後、武器を持ち歩くのを止めて、薬師くすしになる道を選んだのもそれが原因だった。

 一方、王家を継いだサウロンとニムエは、内戦後の混乱に乗じて侵略してきた周辺国との戦いに軍を率いて立ち向かった。戦いを嫌った匠との間に軋轢が生まれたのもその頃だ。だが、断絶したり言い争ったりするところまでは進展しなかった。当然、皆にさげすまれていじめらそうなものだが、なぜか手ひどく扱われた事は一度もなかった。


「お前は妙に人をなごませるところがあって憎めないぜ」

と、サウロンはからかい半分によく言っていたっけ・・・


 けれども、それももはや過去の話だ。ニムエは匠を国に連れ帰って処刑する。片思いを通そうとして、薬草を使って兄王を昏倒させ殺害した卑劣な極悪人に、一片の慈悲もかけるいわれれはない。血の掟に従い処刑して罪を償なわせて、王位継承権を確保しなければならない。


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