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青い月の王宮 Blue Moon Palace  作者: 深山 驚
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トリニティ Trinity

 匠が悪夢を見なくなり一安心した貴美は、しかし、脳心理研究所で蘇った匠の記憶と、消された監視映像の謎に頭を悩ませていた。

 心配した弟が話しかけてきても、打ち明けることもできない。口先で誤魔化さなければならないのが辛いため、勢い仕事や謎の究明に熱中して家を空ける時間が長くなっていた。

 春分の日も、仕事を入れて職場に出かけたのだが、夕方になって、ナラニからメールが舞いこんだ。他愛のない友達メールだが、 "He's so hot!"「彼ってめちゃイケてる!」というフレーズが貴美の目を惹いた。

 「ホットラインで連絡して」に、ナラニは "hot"という単語を暗号として使っている。



「脳心理研究所の記録に、タクは金髪で青い目の十六歳ぐらいの子に会ったと書いていたそうね?あの日、アランフェスの塔に居たのは、キャットという子だったわ。その子がタクにコンタクトしたらしいの」

 電話に出たナラニは挨拶もそこそこに切り出した。


「キャットね?らしいって、その子は何と言っているの?」

「本名はカタリーナと言うの。キャットは、タクにコンタクトしたのも、口紅でマークをつけてから記憶を消したのも認めている。たまたまエアバイクが旋回するのを望遠鏡で見て、場所の見当をつけて行ったと言っているわ。タクは前世の父親だから、会いたくて我慢できなかったそうよ」

 アランフェスの塔に設置した高解像度光学望遠鏡は、天候さえ許せば五十キロ先の車のナンバープレートを識別できる。

 ナラニは言った。

「でも、どうしてもわからないの。あの塔から空き地までは五十キロ近くある。いくら第二世代でも、タクが着陸して十分も経たないうちに辿りつくのは無理だわ。それに、キャットが塔から出て行く姿を誰も見てないそうよ。もうひとりの見張りも、キャットが出て行くのに気づかなかったと言ってるの」

 貴美は黙って耳を傾けていた。

「バイクに乗っているのがタクとどうしてわかったのか尋ねても、自分でもよくわからないと言い張っているの。皆に気づかれたら止められると思ったから、こっそり出て走って行ったと。気の強い子なのに、あれ以来ひどく取り乱してしまって、タクとコンタクトした影響がキャットにも表れているようだ、とアスカは言ってたわ」


 ナラニは続けた。

「第二世代に伝わる預言書の伝説は、あなたも知っているでしょう?預言書はとっくの昔に行方不明になって、内容は第二世代の長老に口伝えで受け継がれて来たって」

「ええ、その預言書にあの赤と青の紋章が描かれていたのね?」

「その通りよ。その言い伝えの中に、時が来ればトリニティが再臨して、オメガは目覚めるとあるの」

 貴美が第二世代に受け継がれる伝承を聞くのは初めてである。謎めいた言い伝えはさっぱり理解できないが、些細な事が気になって尋ねた。

「オメガはタクなのかしら?でも、預言書はラテン語だったんでしょう?なぜ、ギリシャ語のアルファベットが出て来るの?」

「何でもラテン語で書かれた預言書は、ローマ帝国が統治していたギリシャのアテネで発見されたらしいの。その時、ギリシャ語に翻訳されたのかも知れない。逆に原書がギリシャ語で、ラテン語に翻訳された可能性もあるわ。ともかく、預言書はその後イタリアの小国へ持ち出されて、そこで最初の第二世代が誕生したと伝えられているの」


 イタリアと聞いて貴美は驚いた。

「待って!第二世代はイタリアで誕生したの?あなたにも話したけど、タクはあの夢は中世イタリアみたいだったって言ってたわ!」

 夢を見た匠の首に切り傷があったのは十日ほど前のことだ。弟に夢の内容を詳しく聞くつもりだったが、思い出させるのは危険かも知れないと考え直して、夢の話にはずっと触れずにいた。

 すると、ナラニは淡々と答えた。

「それで辻褄(つじつま)が合うわね」

 さらに衝撃的な内容に貴美は耳を疑った。

「カミ、これは皆にはまだ話していない。でも、タクのそばに居るあなたは知っておいて欲しい・・・キャットは第二世代じゃないかも知れないの」

「えっ!・・・第二世代じゃないって、それ、どういう意味!?」

 貴美は絶句した。第一世代の正体は歴史に残っていないとは聞かされていたが、第二世代以外の新人類とは初耳だ。


「まだわからないの。ただ、キャットはサンクチュアリで()()していた仲間たちのひとりだった。でも、皆とは違っていたわ。彼女ともうひとりだけが、個室に収められていたの」

 ナラニは過去を振り返って言った。

「わたしがサンクチュアリに移った時には、ふたりはもう《《冬眠》》に入っていたわ。でも、オーブに包まれて姿がはっきり見えないし、冬眠の間に若返ったり姿が変わることもあるから、ふたりの外見は誰も知らないの」


 サンクチュアリの歴史は、約百年前に(さかのぼ)る。アポカリプスからしばらく後の事である。激しく汚染された山麓のリゾート地跡に、第二世代数人が密かに移り住んだと伝えられている。時と共に次第にその数は増え、今では世界各地から結集した第二世代は百人近くに達している。


 ナラニがサンクチュアリに居たと知って貴美は驚いた。十年前、初めてナラニに会ったのはアイランドだったが、それ以前のナラニの生活については、何も聞かされていなかったのである。

 ナラニとの出会いは一家で旅行したハワイでの出来事だった。今ではあの出会いも偶然のはずがない、と貴美は確信している。

 当時のナラニは十八歳ぐらいに見えた。貴美が彼女と最後に会ったのは、三年ほど前である。豊満に女らしさを増していたが、七年の歳月を経てもほとんど歳を取ったようには見えなかった。

 第二世代は冬眠しなくてもある程度老化を遅らせることができる。しかも、六か月も冬眠すれば、全身が文字通り若返る。それでも、愛する人々と共に過ごすため、冬眠せず自然に老いて一生を終えた第二世代も数多くいたと聞いている・・・


「カミ、集中してね」

 冬眠と聞いて昔の思い出に気を取られていた貴美は、電話越しのナラニの声にハッと我に返った。

「ごめんなさい、ナラニ。続けてちょうだい」

 貴美は自分はどうかしていると思った。ちょっと気を抜くとぼんやり考えこんでしまうのだ。

 そうと察したのか、ナラニは電話口で軽やかに笑って慰めるように声を掛けた。

「いいのよ、カミ。謎が多過ぎるから当然よ。それに、タクに打ち明けられないのが辛いでしょう?」

「そうなの。家で顔を合わせるのが苦しくて・・・」

 涙ぐみそうになるのを堪えていた貴美に、ナラニは静かに語りかけた。

「あなたには特別な役割がある、と言ったのを覚えているでしょう?わたしたちは手探りでも着実に運命を引き寄せている。第二世代は流れに逆らわずに、流れを利用する術を学んでいるの。あなたにもできるわ。だから、今は時間を味方につけてね!」


 貴美は黙ってうなずいた。

 テレパシーは使えないけれど、ナラニの限りなく優しい温かいオーラが伝わってくるみたい・・・


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