ガーディアン Guardians
シティ自治政府情報室の安全保安局、通称「ガーディアン」の本拠は、ドームの外縁に沿った倉庫街の地下にひそかに置かれている。春は人事異動の時期に当たり、ガーディアン本部にも新人が入局して来た。今年の目玉は、アメリカからはるばる派遣されてきたマイケル大滝という日系人だった。
ベテランのガーディアン中村は、この新人と組まされて以来、イライラが昂じていた。大滝ときたら日本人なら当たり前のマナーも、空気を読むということも知らないのである。
パートナーなら対等だと言わんばかりに、先輩後輩の序列も平然と無視する。このまま放置したら、ガーディアン部隊の士気にも影響が出るだろう。そこで、中村は年下の三人に大滝の新人歓迎会をやるよう持ちかけたのである。三人とも態度がでかい新人にむかついていたから、ここらで一度ビシッと締めてやるか、と意見が一致したのだった。
「おい、新人。お前がどこから流れて来たか知らんが、俺は混血が嫌いなんだ!」
地下の格技場に大滝を呼び出したガーディアンが、憎々し気な声で切り出した。仲間の二人は後ろに下がって腕組みをして、薄笑いを浮かべて待機している。中村は格技場に隣接した監視室に座って、マジックミラー越しに様子をうかがっていた。
お楽しみはこれからだと、昔ながらの紙巻タバコを取り出して口にくわえる。
「でかい図体しやがって、見掛け倒しのウドの大木じゃないだろうな?」
先輩格のガーディアンが大滝を挑発した。
「ウドの大木?何のことかわからないが、誉め言葉じゃなさそうだな」
大滝はとっくに三人の企みを見抜いていた。シティに配属される前に、メガロポリスで民間人のごろつきに絡まれた時は抵抗しなかったが、今日の相手はプロでしかも同僚である。これが群れの中の序列を決める儀式に過ぎないのも承知していた。穏便にやり過ごすつもりでいたのだが、「混血」という不用意な一言が、大滝の闘志に火を点けてしまう。
マイケル大滝は黒人種と黄色人種の血を引いているというだけで、子供の頃から苛烈ないじめや差別を経験していた。人種差別主義者に対して、激しい怒りを抱いていたのである。
そうとも露知らず、喧嘩を売ったガーディアンは、未知の敵と戦う時は相手を怒らせてはならない、という鉄則を迂闊にも踏みにじってしまったのだ。
「なんだァ~?日本語が達者だと聞いてたが、ウドの大木も知らんのか?教えてやるよ、大滝。ウドの大木ってのは貴様のことだよ!」
ガーディアンは闘争モードに入って大滝に向かって一歩踏み出した。しかし、大滝は男たちが思いもよらなかった反応を示した。息を大きく吸いこむと、いきなり凄まじいウォークライの雄叫びを放ったのだ。
耳をつんざいて魂まで震えあがるほど恐ろしい咆哮だった。
その場のガーディアンたちは、度肝を抜かれて頭が真っ白になり、全員がびくッと身体を硬直させた。隣室にいる中村も呆然としてあんぐり口を開いた。くわえタバコがぼろりと落ちたのも気づかない。
その一瞬を大滝は狙っていた。
正面でディスっていたガーディアンは大滝の姿を見失い、気づいた時には、背後に回られていた。スリーパーホールドが完璧に決まっている。指を取ってへし折ろうとしたが、大滝は基本通りこぶしの内側に親指を握ってその隙を与えなかった。
脳への血流を直接遮断している訳ではない。頸動脈洞を抑えると脳は反射的に血圧を下げる。結果、血流が減りわずか七秒ほどで失神する。気道は塞がれず苦しくもない。
男は大滝の足を狙って激しく踏みつけたが、かわされて床で踵を強打した。痛みをこらえて薄れていく意識のなかで、最後の力を振り絞って背後の大滝の急所を蹴り上げようとしたが、抵抗もそこまでだった。男の蹴りを楽々と太腿でブロックすると、だらりと力を失った身体がずるずると床に崩れるにまかせて、大滝は残る二人を睨みつけた。
右側に立つガーディアンは、アドレナリンの過剰分泌で蒼白になった顔をゆがめて、猛然と大滝に襲いかかった。魔法のように右手に刃渡り三十センチ近いセラミックナイフが現れる。
「殺らないと殺られる!」
ナイフ使いの名手は猛々しい咆哮に正気を失ってパニックに陥り、反射的にナイフを握っていた。
「マズいッ!」
中村は泡を食って席を立った。恒例の新入り「歓迎会」が手荒い腕試しではなく、仲間同士の殺戮になってしまうぞッ!
IDをかざすのももどかしく、開いたドアから飛びこんだ中村の目に入ったのは、三人のガーディアンの無残な姿だった。
気絶した男は横になったままピクリとも動かない。ナイフ使いは、口を抑えて床に突っ伏したまま、力なく呻いていた。指の間から血がしたたり落ちて床を赤く染めている。三人目は膝をついて虚ろな目で唇を震わせながら「恐ろしい、恐ろしい・・・」と繰り言をもらして、身体をガタガタ震わせていた。失禁したらしくズボンの前が黒く濡れている。
「心配ない。まあ、そいつだけは歯の再生治療が必要だが、あとの二人はすぐ治るだろうよ」
大滝は呆然と立ち尽くす中村に向かって平然とうそぶいた。息も切らせていないばかりか、これっぽちも気が立っているようでもない。
「ナイフを返すぞ。まったく、荒っぽい連中だな。お前たち末端工作員といると、とことん気が滅入るよ」
手練れの特殊工作員三人を軽々と打ちのめしておきながら、自分を棚に上げて愚痴をもらした大滝は、手にした二本のセラミックナイフを無造作に投げてよこした。中村は反射的に右手一本で、二本のナイフの柄を掴み取った。
「なかなか器用だな。いい手つきだ。ナカムラ、後始末は任せたぞ。しかけたのはそっちだからな」
そう言い捨てると、言葉も出ずに見送る中村を残して、大滝は何事もなかったようにドアから出て行った。
あの新入りは治ると言っていたが、もうひとりもしばらく精神科に入院になるだろう。ほんの数秒目を離した間に残りの二人もこのざまだ。いったい何が起きた?
中村は仲間を介抱しながら混乱した頭を抱えていた。新入りイジメが上層部に知れないよう格技場の監視カメラを止めていたため、仲間が口をきけるようになるまで、事情を突き止められない。
「あの野郎、いったい何者だ?あんな鬼神のような奴は初めてだ」
狂戦士のような不気味な咆哮を聞いた時、中村はその目ではっきり見たのだ。大滝の黒い目が不気味な青い輝きを放っているのを。