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青い月の王宮 Blue Moon Palace  作者: 深山 驚
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魔女の宅配便  Kaya's Delivery Service


 昼過ぎの脳心理研究所。広々とした駐車場に一台のスクーターが勢い良く入って行った。


 二十世紀に創業した有名な宅配ピザ店で、味とボリュームに加えて昔ながらの三十分以内の配達が人気を呼んで、ここシティ中心部にも、ランチタイムには毎日のように数台のバイクが出入りしていた。


 大手の運送企業「カヤ・コープ」がエリア21の全店舗の商品配送を請け負っている関係で、収納ボックスにはピザ店のロゴ、バイクの車体には運送業者の「魔女の宅配便」というロゴとほうきに跨った魔女のイラストがプリントしてある。


 この国のアニメ文化は二十世紀後半から世界的に高い評価を受けているが、この魔女キャラはその先駆けとなった有名な映画監督の作品のひとつがモチーフになっている。


 女性ドライバーは他の店員が着ている白い制服とハーフヘルメットではなく、黒いレザー調のボディスーツに同じく黒いフルフェイスのヘルメットを身に着けていた。


 ヘルメットを脱ぎ頭を振って髪の毛を落ち着かせると、スクーターから降り収納ボックスを開いてケースに入ったピザを取り出した。ケースには焼きたての状態を保つ自動保温と湿度調整機能が付いている。


 ケースを片手に無造作に乗せてソフトドリンクが入ったショルダーバッグを肩に研究所の入り口に向かう。


 タイトなボディスーツがくびれたウエストにぴったり張り付き、バイク用ブーツを履いた長い脚で闊歩するのに合わせて腰がなまめかしく左右に揺れる。


 切れ長のくっきりした二重瞼の小麦色の眼は精気に満ち溢れて、軽くウェーブがかかった豊かな茶髪が肩の上で踊っていた。


 軽やかな足取りで研究所の来訪者モニターに近づきピザ店のIDカードをセンサーにかざしながら、深みのあるハスキーボイスを張り上げて、英語訛りの残る日本語で呼びかけた。


「〇〇〇ピザです!配達ですよ~、エキストララージ二枚ね!」


 カメラに向かって陽気にウィンクして見せる。普通は返答もなくゲートが開くところだがゲートは開かず、間があって警備員の野太い声がマイクから漏れた。


「今日は誰も頼んだ覚えはないぞ。間違いだろう?」


「えっ、冗談でしょう?だって、ここにオーダーがあるの・・・」


 そう言って女性ドライバーはピザ店のIDカードを裏返して仔細に眺めた。裏側の小さなモニターにデリバリーデータが表示されている。


「え~、ウソでしょ、あ~・・・ここじゃない!またやっちゃった。何で気づかなかったの?わたしまだ日本語がよく読めないの」


「なっ、注文してないだろう?あんた新人だな?もっと気をつけないとダメだよ!」


 警備員はあきれたような声を出してモニターを切ろうとした。


「ちょっと待って!ねえ、お願い、頼んだことにしてください!お金は要りませんから今度だけ!わたし、国にいる家族に仕送りしているの。首になったらみんな困ります!でも今度間違えたらクビって店長に言われてます。だからお願い、タダでいいです!」


 そうまくし立てながら店員は上半身をかがめてゲートのカメラに唇を寄せた。開いたツナギから形良く張りつめた胸の谷間がのぞいている。


「ねえ、お願い。ソーダもタダにするから!」


「ソーダ?日本じゃソフトドリンクって言うんだ。あんた外国人だろ?アロンダって珍しい名前だな。どこの国から来た?」


 主任警備員は思わずそそられて軽口を叩いた。どうせ暇を持て余しているし、こんな魅惑的な女をそっけなく追い返すのも惜しい。三人の部下はこの配達員が駐車場に入って来るなり、モニターに視線が釘付けになっている。


 店員の名前など普段は気に留めないのだが、まれに見る美女のうえに珍しい響きも手伝って、店員のスタッフIDに表示された「アロンダ・アテナイア」という名もしっかり記憶している。


「それは秘密でえ~す!でも、入れてくれたら教えて・あ・げ・る」


 アロンダは顔を傾げてしなを作ると、派手なピンクの口紅を塗った唇をちらっと舌で舐め、長いまつげの目を閉じてもう一度ウィンクして見せた。


「クビになっちゃ気の毒ですよ、主任」


「たまんないイイ女!」


「ピザが無料ただなんですか?おれは食いたいなあ~」


 マイク越しに他の警備員たちの声がかすかに聞こえている。


「しようがないな~、まっ、あんたがそこまで言うなら。今回だけだよ、いいね」


 年かさの警備員はまんざらでもなさそうに言うとゲートを開いた。女のやり口は見え透いているのに、どうにも抵抗できない男のさがには、自分でも苦笑いしてしまう。


「わぁー、ありがとう!いい人たちね!」


 もう一度キスをするかのように唇をカメラに寄せてから、配達員は意気揚々と研究所に入って行った。


 半時間ほどするとアロンダは空のピザケースをぶら下げて踊るような足取りで研究所から出て来た。収納ボックスにケースを戻してヘルメットを被りスクーターに跨ってエンジンをかける。そして両手を伸ばして大きく背伸びをしてつぶやいた。


「やれやれ、これで侵入スタンバイよ!でも先に店にスクーターを戻しておかなくっちゃ。監視カメラのせいで何かと面倒ね、この街は!」


 アロンダは空吹かしを繰り返しすと、タイヤがきしる派手な音を残して駐車場を出て行った。研究所から出て行く姿も監視カメラにばっちり写っているはず。後で疑われずに済むと計算していた。


「目立つが勝ちよ、今度もね!」


 アロンダはヘルメットの下で笑みを浮かべてさらにスロットルを開いた。


 猛然と走り去る宅配バイクの収納ボックスの背面に、「和光同塵」と古めかしい黒い太文字のステッカーが貼られている。ボディースーツの背中にも太々と白く「和光同塵」の刺繍が入っていた。



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