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青い月の王宮 Blue Moon Palace  作者: 深山 驚
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アイランド

 話は数時間前にさかのぼる。家を出た貴美は、歩きながら手首のIDに触れ「コール、ワーク」とささやいた。


「カミ、おはよう!」

 音声を拾ったイヤモデュールから、レセプショニストの元気な声が響いた。

 北上有希はカウンセリングスポット「グリーンハウス」でも飛びぬけて明るい性格である。気さくな世間話や冗談を交わすのが上手で、深刻な心の問題を抱えたクライアントも向き合うカウンセラーも、彼女と軽口をたたき合うだけで、ちょっとした気分転換ができるだった。


「おはよう、ユキ。実は急用ができたの。十時のクライアントさん、担当を替わってほしいの。誰か空いてる人が居るかしら?」

「待ってね・・・大丈夫よ、カミ。美智代が担当してくれるって。カルテも送ったわ。一時間あるから目を通せるって」

 有希はいつも通りテキパキと手配してくれた。


「ありがとう、助かるわ。彼女が来たらよろしく伝えてね。午後には入れるわ」

 電話を切った貴美は、通勤に使っているエアバスに乗りこんだ。

 わずかに路上から浮き上がったバスは、AIの自動操縦で桜並木の大通りを滑るように進んで行く。貴美はシングルシートを選んで、背もたれを倒してもたれかかった。

 普段なら顔見知りの乗客と話を交わすのが楽しみなのだが、今朝の貴美にはその余裕もなかった。匠の夢と首の傷のことで頭がいっぱいで、早春の柔らかな日射しに包まれた美しい街並みも目に入らなかった。


 勤務先のクリニックはシティ中心部の研究施設通り、通称シリコンアレイの一角にあるが、貴美はバスを降りなかった。そのままシティの地下鉄中央駅まで向かった。

 駅に着くと非常階段を使って地下へ降りて行く。足早に地下鉄構内を歩いてトイレに入ると一番奥の個室を選んだ。ドアをロックして時刻を確認した。監視カメラがない代わりに、ロックして三十分たつと無事を確認する自動音声が入る仕組みなのである。

 電磁波と赤外線対応プローブをバッグから取り出して、盗撮や盗聴装置と超小型ドローンの誘導電波がないのを確認してから、奥の壁のタイルに順番に指で触れてゆく。パスコード通りにタッチすると、貴美の生体認証に反応して、隠し扉が音もなく開いた。


 シティが建設された当時、地震動を吸収する緩衝材が、地下全体に等間隔で埋め込まれたが、巨大な緩衝材のうち二つに、作業員として潜入した第二世代が細工を施しておいた。ひとつはこのシティ中央駅、もうひとつはエリア21の地下にある。


 真っ暗でひんやりと湿った狭い空間に入ると、扉が自動的に閉じる。IDブレスレットに触れながら「ライトアップ」とつぶやくと、イヤモデュールの探照灯が点灯した。

 緩衝材を金属で補強した床に古めかしいマンホールが見えた。貴美は音を立てないよう慎重にマンホールを開き、暗闇の中へ足を踏み入れ、古めかしい金属製のはしごを伝って暗い地下へ消えた。オフィスワーカーとは思えない軽い身のこなしで、滑るように楽々と長い足場を降りて行く。

 耐震緩衝材の中を穴を下って、遮水壁で囲まれた四角い小部屋に辿り着くと、探照灯の灯りに、壁に取り付けられた古ぼけた公衆電話ボックスが浮かび上がった。


 二世紀も前に使われていたタイプで、シティ建設以前の時代物の公衆電話である。シティの設計と建設にも十数人の第二世代が関わったが、彼らがこの公衆電話をシティとアイランドを結ぶホットラインに組み替えたのだ。貴美は透明のプラスチックのドアを開いて、受話器を取り上げて耳に当てた。古めかしい呼び出し音が数回鳴って相手が出た。


「カミ、待ってたわ!」

 明るく弾んだ声が響いた。


 ハワイ諸島のとある島に、新人類第二世代の長老ナラニが住んでいる。第二世代は「アイランド」と呼んでいる。長老と言っても、見た目は二十歳そこそこのファッションモデルである。つい最近も「東洋の柔らかな宝石」と、海外のファッション誌が特集したばかりだ。

 日本人だが、アジア、中東、ヨーロッパ、ハワイ先住民族のハイブリッドで、時代を代表する(たお)やかな癒し系モデルとして、世界的にその名を知られている。


「ナラニ、よかった!あなたが留守じゃないかって、気が気でなかったの!」

 貴美は息を弾ませて安堵のため息をついた。貴美が誰よりも信頼を寄せるメンターであり友人であり姉のような存在でもある。

「サンクチュアリのアスカから連絡があったの。あなたの電話を待っていたところよ」

 ナラニは鈴の音のような軽やかな声で答えた。

「じゃあ、タクはやっぱりサンクチュアリに迷いこんだのね?」

 貴美が勢いこんで尋ねると、意外な答えが返ってきた。

「いいえ、タクはサンクチュアリには降りてないわ」

「えッ?それじゃ、誰がどこでタクにコンタクトしたの?」

 貴美の言葉にナラニは鋭く反応した。

「やっぱり、そうなのね!コンタクトした者がいるんだわ、何てこと・・・カミ、タクの様子を話してちょうだい」


 匠の首に残された第二世代のエンブレムと、リアルな夢を見た後に矢の跡らしい傷があったと手短に伝えると、いつも穏やかで明るいナラニが、珍しく深刻な口調で言った。

「アスカが連絡して来たのは、エアバイクが十数キロ先を通過したからなの。衛星やドローンに探知されないよう、電子機器はすべて地下に置いているでしょう。レーダーも使えないわ。接近に気づいたのはアランフェスの塔に居る見張りだった。あそこには高解像度の光学望遠鏡があるの。アスカは、タクが定期的にフィールドトリップに行くのを思い出して、念のため報告をくれた。私も嫌な予感がしたわ・・・」

 ナラニは一息入れて続けた。

「コンタクトの件は、アスカが引き続き調べている。何かわかったら、私に連絡をくれるわ」

 

 サンクチュアリに隠れ住む第二世代たちも、海外にいた貴美も、以前はナラニとテレパシーを介して自由にコミュニケーションを取っていた。けれども、プライムの新人類レポートが報道されると、ナラニはテレパシーを使わないよう、すぐさまサンクチュアリにホットラインで伝えたのだった。

 ちょうどアイランドに滞在していた貴美は、その折にナラニからホットラインの場所を聞いて、隠し扉と電話機のパスコードを教わったのである。


 あの日、ナラニはまるで事態を予想していたかのように落ち着き払っていたわ・・・

 当時のナラニの言葉が脳裏に蘇る。

「科学技術では、まだテレパシーを探知できないのは知ってるでしょう?だから、私たちはこれまで自由に使ってこれたの。でもプライムの能力は未知だから、テレパシーの能力も予想していると考えたほうがいいわ。人類にもテレパシーを漠然と感知できる者がいるの。プライムが彼らを訓練するよう、シティ当局や日米の諜報機関に提案していても不思議はないわ。私たちの居場所を特定するためにね」


 シティが建設された当時、すでにホットラインが用意されていたと知り、貴美はCIAも顔負けの危機管理と迅速な対応に驚かされたのをよく覚えている・・・


 ふと昔を振り返った貴美だったが、ナラニの次の言葉に激しい衝撃を受けた。


「問題はタクが見た鮮明夢なの。首の傷は物質化現象かも知れない。伝説によれば、第一世代しか起こせなかった現象と言われているの。でも、今のタクは自分の正体も知らず、無意識に反応しているから制御できないわ。その夢が続いたら危険なの。命に関わるかも知れないの」


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