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青い月の王宮 Blue Moon Palace  作者: 深山 驚
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機動歩兵の憂鬱 Stuck


 百年余の時を経ても、なお解き明かされない多くの謎を残す一連の大惨事「アポカリプス」の後、この国の首都はここ西の都に移転した。現人口が三千万人を超えるこの超大都市は、通称「メガロポリス」と呼ばれている。


 追けられている・・・


 直感的に尾行に気づいた男は、ホログラスの右端を持ち位置を直す素振りで、赤外線カメラを起動して後方をうかがった。地元のならず者集団ラガマフィンが五人、二十メートルほど後方をそぞろ歩きしているのが後方画面に映った。


 ラガマフィンが尾行しているのは、二十代後半とおぼしいアフリカ系の男である。がっちりした身体つきで、身長は優に百九十センチを超えている。肉食獣を連想させるしなやかな足取りで歩道を闊歩して行く。歩きながら「ちッ」と男は小さく舌打ちした。ただでさえ機嫌が悪いところへ持ってきて、追い討ちをかけるように民間人のチンピラに目をつけられるとはついてないと思う。


 この男マイケル大滝は、アメリカ陸軍と北米連邦軍に所属する大尉である。やり場のない怒りを鎮めようと、メガロポリスの外縁に接するスラム街にある行きつけのバーに向かう途中だった。治安の悪さでは定評のあるこの地域も、世界の紛争地で戦い慣れた大滝には遊園地も同然で、大柄の体格と見るからに獰猛そうな身のこなしに、敢えてちょっかいを出そうというもの好きも、これまで一人としていなかった。


 前方から歩いて来た男と無造作にすれ違ったが、男は通りすがりにいきなり肩をぶつけるつもりが、大滝にするりと身体をかわされ、勢い余ってつんのめり道路に無様に倒れこんだ。


「痛ててッ、こ、こらァッ~!おどれッ、待たんかいッ!!」


 したたかに地面に身体を打ちつけた男は、わめき声をあげて大滝を呼び止めた。大滝が立ち止まると、尾行していた五人のラガマフィンが一斉に駆けつけ、周りを取り囲んだ。殺気だった空気が立ち込める。


 「われェー、仲間に何すんねん!どついたろかッ!」


 リーダー格のラガマフィンのひとりが、ドスの効いた声で大滝に凄みをきかせる。


「何もしてない。こいつが勝手に転んだんだ。お前たちの仲間か?こんなうすのろは味方の足を引っ張る。さっさとお払い箱にした方がいいぞ」


 ホログラスをイヤーモジュールに収納しながら、大滝が流暢な日本語でぶっきらぼうに答えた。図星を突かれたラガマフィンたちは、鼻白んで言葉に詰まった。

 睨み合った瞬間、一人がいきなり背後からジェル警棒で大滝の首筋を激しく打ち据える。殴りつけたラガマフィンは手応えをほとんど感じなかったが、大滝の巨体はあっけなく前のめりに転がった。


「いてまえ!」


 五人がいっせいに転がった大男の身体を蹴りつけにかかった。大滝は身体を丸くして両腕で頭をガードして、一見無抵抗に蹴りつけられていたが、腕の間から鋭く相手の動きを追っていた。


 すっ転んでいたチンピラもようやく立ち上がって、地面に打ちつけた片肘を手で押さえながら大滝に近づいた。仲間の前で恥をかかせやがってッ!切れやすいチンピラは、恨みの形相で剽悍な痩せ顔を引きつらせていた。


「おどれッ、ようもこけにしてくれたな!思い知らせたるッ!」


 ごついワークシューズで大滝の膝頭を狙って思いっきり蹴りを入れた。が、膝を砕かれる寸前、大滝は丸めた身体を素早く反転させていた。男の蹴りは空を切り、バランスを失った身体は派手に宙に浮いて、後頭部をしたたか路面に打ちつけた。今度はうめき声も出さずに昏倒して、ピクリとも動かない。ラガマフィンたちはあっけにとられて、大滝を蹴りつけていた足を引っ込めた。


 その時、不意に甲高い女の声が路上に響いた。


 「誰か、誰かッ、来てェ~!あなたたちッ、警察を呼ぶわよ!もしもし・・・警察ですね?」


 古めかしい街灯の灯りの下で、スーツ姿の若い女がIDブレスレットを口元に当てていた。


「おい、ずらかるぞッ!その間抜けを連れ出せ!」


 リーダーの一声で、ならず者たちは二度も転んだ不運な仲間を担ぎ上げて、そそくさとその場を離れた。警察はスラム街まで手が回らないが、通報を受けると自動的に監視ドローンが現場に急行する。


「大丈夫ですか?お怪我は?」


 ラガマフィンが立ち去ると、地味なスーツ姿の黒髪の女は、倒れた大滝のそばに駆け寄って声をかけた。


「動かないで!わたし、救急医療の訓練を受けています。怪我の具合を診ますね。痛かったら教えてください!」


 大滝は寝そべったまま女が全身を丁寧に触れるに任せて、大都会の灯りに照らされた空を眺めた。この騒ぎで気分がさらに鬱屈うっくつして、憂さ晴らしに飲みに行く気も失せてとことんゲンナリしている。


 女は腕と脚をそっと曲げ伸ばししながら反応を見ていたが、大滝がまるで無反応なのに戸惑って声をかけた。


「あの~、骨折はしていないようですが、痛みますか?救急車を呼びましょうか?」


 大滝はようやく我に返ってむっくり起き上がり、服を払って埃を落としながら礼を言った。


「いいや、たいしたことはないよ。ありがとう、お嬢さん。君こそこんな場所にひとりで大丈夫か?」


「私なら近くに連れがいるので大丈夫です。お大事にして下さい」


 女はぺこりとお辞儀をすると、踵を返して街の賑わいの方へ向かって歩き去った。


 女の後ろ姿を見送った大滝は、スラム街からホテルに向かって大股で歩き出した。数十発も蹴りを食らったのにびくともしていないが、苦虫を嚙みつぶしたように表情は冴えない。


 日本語に堪能ということを除いて、この極東の国の首都に研修と称して飛ばされた理由が判然としないまま、三か月の退屈な研修が終わり、大滝はてっきりアメリカ本土に戻れると思いこんでいた。ところが案に相違して、アポカリプスの放射能汚染地帯にある人工都市、シティのガーディアン部隊へ配属を言い渡されたのである。

 北米連邦軍機動歩兵部隊の隊長候補でエリート軍人の自分が、末端工作員風情と一緒に働かされる理由がさっぱり理解できず、大滝は憤然として北米連邦軍に異議を申し立てた。ところが、今日返ってきた回答は、大滝の異議をあっさり却下する内容だったのである。


「アメリカ陸軍が、人工知能プライムの分析を元に下した決定につき、北米連邦軍には決定を覆す権限はない」


 それ以上何の説明もなく取りつく島もない一文は、大滝が気勢をがれるほどそっけないもので、軍に対する忠誠心が揺らいだほどだった。


「現代最高の人工知能だか何だか知らないが、れっきとした人間さまの軍上層部ともあろうものが、なんだって異国のコンピュータの化け物の言いなりになるのか?」


 むしゃくしゃした気分を持て余して、街のならず者どもを打ちのめしたら、さぞスカッとするだろう、と一瞬誘惑にかられたほどだ。しかし、大滝が迎え撃てば、連中が全員再起不能になるのは目に見えていた。機動歩兵の戦い方は、格闘技とはまったくの別物の戦闘術だからである。


「チンピラにまで絡まれるとは、今日は厄日か?」

 愚痴をもらした大滝はふと立ち止まった。裏組織の連中なら、民間人が軍人を襲えば厄介な問題になると承知しているはずだが・・・軍人と気づかなかったのか?それに、あの女、なぜ頭や目の動きを調べなかった?暴力沙汰なら頭部を入念に調べるが、ちょっと触ったきりだ。警察に連絡したのに、真っ先に来るはずのドローンが来ない・・・

 しまった、と上着の隠しポケットを探って罵り声を上げた。

「くそッ、やられた!あいつらグルだったのか・・・道理であの女、ホログラスを外さなかったわけだ。顔を隠すためか?」


「やる気も集中力も欠いてるからだ!」

 己の無気力な行動にも腹が立ってきた大滝には、しかし、今は流れに任せるしか選択肢がなかった。陸軍の上層部も日本の人工知能プライムも、何を考えているのかさっぱりわからないのだから。


 

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