郷愁
エメルが食事中でも守ってくれるので、安心して食べる事が出来た。
(ご苦労様。エメルも食べて)
「従魔にも料理をやるのか?」
「おかしい?」
「いや、ユーリらしくていいんじゃないのか?」
「テイマー自体あまり見かけませんけど、普通は生肉ですね」
先程私が捨てた内臓を見る。
いや、そこはスライムの取り分なんじゃ?
お陰で更にスライムが集まって、量も増えた。
薬草を摘んだりしながら少しのんびりして、戻る事にした。
報酬は、銀貨四枚。スライムの数が多かったので少し増額してもらえた。
あとは、預かったこの鍵を開けてスライムを放流すれば終わりだ。
「うわ。臭っ!」
スライムを放流するのが申し訳ない位だけど、やるしかない。
「モチ?モチは行かなくていいんだよ?」
モチがプルプルと震えて分裂した。あれ…でもモチの分裂のスキルは無くなってたんじゃ?
モチから分裂したノーマルスライムは、下水道の中に消えた。
どういう事なんだろう?考えても分かる訳ないし、モチも話せない。
(モチが念話のスキルを持っていればいいのに。覚える気ない?)
あー、はい。影にいたいのね。
町に来てからはずっと宿にいたから、寝る時以外は出させてやれてない。
「テッド、ここでピュアとかエリアピュアをたくさん使えば聖魔法のレベル上がるかもよ?」
「いや、自分の部屋をやるだけで充分だし。てか、臭すぎる」
「そりゃ、下水道だもん」
「とりあえず籠を返せば終わりなんだから、行くぞ?」
テッドに見つからないように中にゲートを開いた。
フレイの話だと、亜空間移動を覚えればゲートを開いた所に移動できるから、後々使うかもしれない。
私だってディスペルは覚えたいからね。ここで修行をするかどうかは分からないけど、鍵がかかっていたらもう入れないし。
下はスライムのお陰で綺麗になるかもしれないけど、壁とか天井は無理だろうし。
みんなが帰ってくる。パスを通して大体の位置は分かるので、いつものように迎えに行く。
(ユーリ!お土産があるよ!)
(何?)
(えへへ。帰ってからのお楽しみだよ)
門から出てしばらく進むと、みんなの姿と、囲いのない大八車みたいな物の上に獲物をくくりつけたムーンが車を引いて戻ってくる。
オークとグリーンアナコンダか。
(モコの収納庫の中に、ミノタウロスも入ってる。それと蜂の巣)
(何で言っちゃうのさ!チャチャ)
(すぐに分かる事。それに見つけたのは私)
「今夜はステーキだね」
念話もいいけど、どうでもいい会話は、喋った方がいい。
遠心分離機を作らないとだめだね。でも道具屋で売っているかな?
実は石臼もここで買った。小型の製麺機も、道具屋のおじさんと相談しながら作ってもらっている。
やっぱりみんな食べているのは小麦が主流で、パンやうどんにして食べている。
私はやった事なかったけど、生地を捏ねる時に膨らむのをイメージすれば、イースト菌無しでもパンは膨らむ。
パン屋さんは特に魔法と意識しないでもそれが普通だと思っているらしく、パン屋の跡継ぎはその技術とイメージを習うみたいだ。
ただ残念な事に、菓子パンの類いがない。ポテ芋を包んでマヨネーズを乗せたり、アジタケが乗った惣菜パンはあるのに。
なので、ジャムやドライフルーツを持って行って、窯を貸してもらった。
折角作ったピザ窯だけど、亜空間内で焼くと煙の排出が大変なのだ。
まさか宿屋の庭を借りる訳にもいかず、パン屋さんと交渉した。
パンは食事で、お菓子の類いとは違うという固定観念が染み付いていたのだろう。
ジャムの作り方も分からないみたいだったので教えてあげたけど、商業ギルドにも登録してほしいと言われた。あまり目立ちたくはないので、亡くなった母のレシピという事にした。
特許制度のように、売れれば一部のお金が入金される事になった。
ドライフルーツやナッツを混ぜただけのパンはすぐに真似されちゃうと思うけどね。
遠心分離機は、無かった。けど考えてみたらあれも液体だから、魔法で何とかなりそうだ。ならなくても時間をかけて落とせばいいだけだし。
お手軽に瓶で出てくるダンジョンとは違って、不便な所も多いな。
ただ、採れた量は凄く多い。ダンジョンみたいな小瓶じゃない。
もう畑の世話はしなくてもいいのに、いつもの習慣で朝いちに目を覚ましてしまう。
畑がないのは少し寂しい。米ももうないし、少なくともこの町では売っていない。ランクは低くてもムーン達のお陰でそれなりに生活できているけど、長時間の人化はまだ無理だから、ランクフリーの採取依頼しか出来ない。
少しだけ、森の暮らしが懐かしい。
(どうした?ユーリ)
ぼんやりとソファーに座っていた私の隣にムーンが来た。
(少し、森の事を考えた。米もないし、ホームシックかも)
(なら、戻るか?)
(ムーンはどうしたい?)
(俺はユーリについていく。森の家は崩してしまったが、どうせ今だって亜空間に住んでいるのだし、一緒だ)
エメルあたりは戻りたいんじゃないかな?ずっと海に行けてないし。
エメルが起きてきた。
(ね、エメル。海に自由に行きたいよね?)
(突然どうしたの?そりゃ、行きたいに決まっているけど)
(うん…私、この町に住んでから、人の目を気にしてばかりで、少し窮屈に感じているのかもしれない。大好きな米もここには売ってないし、ムーン達も人化を強いられていて、辛くない?)
(正直エメルを羨ましく感じる時もあるが、人化した時の戦いにも少しは慣れた)
(ボクは杖が気に入ったから、このままでいいや。ムーンやチャチャよりずっと人化していられる時間は長いし)
モコが起きてくると、チャチャも目を覚ましたようだ。
(人と喋るのは苦手。特にお酒を呑んでいる人が厄介。ユーリ、帰るの?)
(ちょっと迷ってる)
(ちょっとか。なら、ちょっとだけ帰ってみたら?どうせそう何日もかかる訳じゃないし、冒険者ならあちこち行って当たり前だし)
(わ、モコ。たまにはいいこと言う)
(たまにって…酷いや。ユーリ)
うん。一度戻ってみよう。道具も幾つか手に入れたし、亜空間があるから寝る所の心配はないんだから。




