黒い奴と亜空間
モチ?!
モチの戦意が急激に上がり、家の外に急に魔物の気配が現れた。
慌てて外に出てみると、私の倍位の長さの大振りのワームが苦しがっている。
モチは自分を槍に変えて戦っているけど、刺さりそうもない。
モチが離れた瞬間を狙って雷魔法を放つと、弱っていたためか、あっさり倒れた。
あああ…収穫間近のキュウリが。
スラミー達は畑の隅にいたようだ。
鑑定 アースワーム 皮は弓の弦として使われる。肉は食用可
「うえ…さすがにミミズ肉は嫌だな。餌にでもしよう」
「この辺にしては強い魔物が出ましたね。やっぱり畑の魔力に惹かれたんでしゅかね」
「そんな事ってあるの?結界石に阻まれているのに。あんなに大きいのに」
「アースワームは、土魔法で自分の前の土を後ろに送る事で進んでいるので、大きさはあんまり関係ないでしゅ」
ミミズのくせにやけに高性能だな。
「モチの攻撃じゃなくて、結界石の効果で弱ってたんだね」
モチが何となくしょんぼりして見えたので、撫でた。
(ありがとう、モチ。スラミーとすあまを守ってあげたんだよね)
ユーリは、キュウリの添え木を立て直して回復魔法を使う。
(モチ、ありがとう。でも危ない時は避難してね。モチが死んじゃったら悲しいから)
(結界石の中に出るとは、間抜けなアースワームだな。主の魔力に惹かれたのだろうが、大切な畑を荒らしては主に嫌われるだけだな)
(それ以前に嫌だよ。ミミズなんて、間違っても従魔にしないってば)
(そのミミズとは、ワームの事を指しているのだと思うが、只のワームとアースワームは強さもまるで違う。もし結界石外だったらと思うと、少し恐ろしいな)
ううむ。ムーンにここまで言わせるなんて、結構凄い奴だったんだな。
なら皮は、それなりの値段で売れるかも。
ギルドにどんな依頼があるか分からないけど、ゼロからスタートは辛いから、多少の資金は必要だよね。宿屋に泊まったりとか、お買い物とか…どんな物が売っているのかな。ああ…早く町に行けるようになりたい。
まあ、その為にはあの山を越えなきゃならないんだよね。
ここは大陸の東の外れ。そして、あの山脈は迂回不可能。
更には魔素溜まりがあるらしく、強い魔物との戦闘は避けられないとか、どれだけ運が悪いのよ私。
ああ、でも近くに海があったりダンジョンがあったりはそれ程悪い条件でもないか。
人が全く訪れない訳ではない。アオさんは冒険者も見ているし、物作りに長けたドワーフが作品を奉納しに訪れた事もあったとか。
かなり昔の話らしいけど、ならそれを知ってるアオさんはお幾つ?なんて怖くて聞けない。
もうすぐ私も4歳だ。落ちて2年になる。さすがに最近はあんまり転ばなくなった。
身長もそれなりに伸びたし、レベルも上がったけど、目標の一つである亜空間はまだ覚えてないし、重力魔法の反重力を覚えれば、風魔法との合体で空だって飛べるはず。
そうすれば山を越える事も可能だろう。
時空魔法と重力魔法。それに聖魔法と暗黒魔法は上位魔法らしくて、習得は滞っている。
フレイが前に見せてくれた魔物を一瞬にして引き裂いた魔法は、時空断裂。亜空間なんかよりもずっと難しい魔法らしい。
私はまだまだだな。特に時空魔法は、フレイに祝福をもらっているから、習得は早いはずなのに。
「充分習得は早いでしゅ。普通なら適性があっても収納庫を覚えるのは何年もかかりましゅ」
「適性って、お金払って覚えた魔法にも当てはまるの?」
「勿論でしゅ。後天的な資質になりましゅけど、それも実力なのでしゅ」
それはそれで複雑だな。まあ、普通にお金持ちの人は塾なんかに通って上の学校に行く訳だしね。
「でもお金で買えない資質もありましゅ。魔力の質は本人次第なので、青龍様に気に入られたのはユーリしゃんの力でしゅ」
実はその辺が一番分からないけど。大人になったら魔力の質も変わるみたいだし。
夕ご飯用の肉を焼いていたら、視界の片隅を何か黒い物が横切った。
「ぎゃあぁっ!」
まさか。まさかのG?
(何かあったの?ユーリ!)
(何も見当たらないわよ?)
従魔達が集まってきて心配してくれる。
(出たんだよー!口にするのもおぞましい奴が!)
(大丈夫。口にはしてない)
確かに。…って、そういう問題じゃないから!
消えた方向にあるかまどをじっと見るが、何も出てくる様子はない。
(ユーリ?何やら虫の気配しかないが、そう強い物ではない)
む、虫の気配!ユーリは収納庫から双剣を出す。
(…ユーリ?さすがにそこまでは必要ないと思うな)
必要なくても怖いんだよ!カサカサと這い出した奴に、ユーリの全身に鳥肌が立つ。
「ぎゃあぁっ!」
ムーンが、無造作に片足を出して奴を踏み潰した。
嫌!!逃げる!
「おめでとうございましゅ。亜空間、覚えましたね」
震える私にフレイがそう声をかける。
…へ?
仄暗い、何もない空間。相当に広い事は分かるけど…。
「奴から逃げる為に覚えたって事?」
嬉しいやら情けないやら。
外に出ると、みんなキョトンとした表情を向けた。
(主はコレが怖いのか?)
ムーンが足を退けると、奴の死骸が…。
ユーリは火魔法を放って消し炭にした。
(えええ…そこまでする?)
更にはムーンや、部屋全体にエリアピュアをかける。
(まあ、誰にでも苦手な物位あるわよね!亜空間も覚えたみたいだし)
(そうだね…情けないけど、昔から奴だけは見るのも嫌で)
(ユーリの亜空間、見たい)
(ああ、うん)
(さすがにユーリの亜空間ね。広いわ)
(亜空間の広さは何に関係あるの?)
「魔力と精神でしゅ」
(じゃあ、シャンドラ様のおかげだね)
「ユーリしゃんも魔力操作の訓練やレベルを上げる為に頑張ったじゃないでしゅか」
レベルは…勝手に上がってる感じだけど。食べる物を得る為にダンジョンに潜ってたりしたからね。
みんなにも経験値もらっているし。私もシェアしてるけど。
うん。経緯はどうであれ、私は亜空間を覚えた。これで旅に…ええと。畑は。
小さいながらも食生活を支えてくれた畑。そして田んぼでは、稲が大きく育っている。
全てを収穫する頃には季節は冬だ。冬には魔物も減るけど、雪の中を旅に出るなんて言語道断だし。
(みんなは私が町に行きたいって言ったらどうする?)
(ボクは付いて行くよ!ユーリを守るのがボクの仕事だもん!)
(だけど私達は魔物だから、却ってユーリに肩身の狭い思いをさせるかもしれないわ)
(私達は従魔。登録すれば問題ない。エメルは海に行けなくなるから)
(俺も…人の町に行くのはな…)
エメル…ムーン。
(チャチャも考えてみろ。主はまだ子供だ。それが狼や熊を従えていたら、落ち人ですと宣伝しているような物だ)
(ボクなら小さいから目立たないよね!)
小さいっていっても大型の猫と同じ位の身長だけど。
(クイーンキャットは種族的に珍しいだろうが)
(そうなの?ボク分かんないや)
あ、ムーンがイライラしてる。
(ムーン、モコは卵から孵ったから外の世界を知らないんだよ)
(その卵ってのも分からんが、アンゴラキャットはこの辺に棲息していなかった。雪狼は狼系魔物でも強い方だから、目立つ)
(ムーン…自由になりたい?)
(バカ!そういう意味じゃない!勘違いするな。俺は主と共にいたい。が、俺は…)
(影の中にいればいいんだわ!ユーリだってずっと町にいる訳じゃないでしょう?私達は町にいる間は、近くの森にでもいればいいわ!)
(ボクなら人化出来るから、ユーリを守れるよ!)
(モコじゃ、心配)
(ええ?チャチャ、酷いな。ほら、フレイもいるし)
「あわわ。私は本来なら干渉出来なくてでしゅね…」
(どの道すぐは無理だよ。モコも人化に慣れないとどうしようもないし、畑もあるし)
あの山にどれだけ強い魔物がいるかも分からないから、様子を見ながらになると思う。
ちょっと買い物。的な距離じゃないから難しいとは思うけど、ここで一生を過ごすつもりもないから、いつかは出て行くんだけど、みんなに窮屈な思いをさせる位なら、淋しいけど契約を切る事も考えなきゃいけないのかもしれない。
でも…飼いきれなくなったペットを捨てるみたいで嫌だな。
ううん。私にとっては家族同然だ。別れるなんて出来ない。




