重鎮会議
王城の小会議室には、国王を除いた重鎮が集まっていた。
皆の顔には、苦いものが浮かんでいた。
魔人族によって王都が襲撃されてから三日が経った。
まだ完全復旧とまではいかないが、王都民は通常の生活を取り戻しつつある。
銀翼騎士団副団長のおかげで、被害が最小限に抑えられたことが功を奏した。
だが、今回の襲撃は国王の顔に泥を塗った。
王位継承権発表の儀は、将来のユステルを決定付ける儀式である。
それを魔人族ただ一人のせいで中止に追い込まれたとあって、ユステル王国の威信は傷だらけだ。
「いますぐ、魔人族に報復するべきだ!」
「しかし魔人族からは、国とは無関係であると親書が届いているのであろう?」
「開戦するにしても、まずは各国に根回しせねばなるまいて……」
「戦の費用は誰が出すのだ?」
「終戦に至る落とし所も問題だな」
「そもそも、今回の事件は銀翼騎士団が、きちんと王都を守護出来ていなかったのが問題ではないか?」
「まあまあ……。副団長が宝具を使って守ってくださったのだから、それ以上は――」
各の意見がぶつかり合う。
開戦派は、少数だった。
国王の面には泥が塗られたが、貴族の体面は無傷だったためだ。
戦になった場合、費用を出すのも人員を出すのも、すべて地方貴族である。
貴族は国王に忠誠を誓っているが、利がなければ動かない。
地方貴族は、いわば街の経営者だ。
体面を優先するあまり、経営を赤字にしてはあっさり領地が潰れてしまう。
そのため、開戦派が少ないのだ。
しばらく白熱した議論が続いたが、最終的には穏健派が優勢で幕を閉じた。
「……して、王都を救った英雄についてだが、処遇は決まっているのかね?」
「はっ、それではご報告致します」
やっと自分の番が来た。
銀翼騎士団を代表して、副団長テミスが前に出た。
「今回功績を挙げた二人の冒険者について、銀翼騎士団で評価させて頂きました。報告書の五頁目をご覧下さい」
会議室に、紙をめくる乾いた音が響き渡る。
全員が五頁目を開いたのを確認し、テミスは今回の査定を重鎮達に語った。
下手人はサルヌス。
魔人族の中では最強クラスの戦士であり、戦闘に長けた人物だった。
その者を、テミス含めた3名で討伐した。
もしテミスら3名がいなければ、王都はより甚大な被害を受けていた。
さらにテミスだけでも、サルヌスは止められなかった。
トールとエステルが積極的に攻撃したからこその、現在である。
さらにトールはなにかしらの力を用いて、テミスの傷を癒やした。
(この力は、本人に尋ねても答えてはくれなかった)
宝具に寿命が吸い取られたテミスは、あのまま死ぬはずだった。
だが、現在もこうして、生きている。
いつまで生きられるか、テミスにはわからない。
だが、テミスはこう思った。
(トールさんの功績を正しく伝えるために、神がオレを生かしてくれたんだ! なれば、残った命はトールさんたちのために……)
今回、テミスは団長に代り会議での説明役を買って出た。
なぜなら、必ず反論する者が現われることが、容易に予想出来たためだ。
「だが、トールとやらは劣等人なのだろう? そんな奴に倒される者が、魔人族最強の戦士とは。少々、大仰に過ぎるのではないかね?」
ほらきた、とテミスは思った。
トールとエステルの功績を国として正式に決定するためには、この劣等人という素性をどうにかしなければならない。
実際にトールと顔を合せたテミスでさえ、彼が劣等人だということを、なかなか認められなかったほどだ。
トールと顔を合せてすらいない者は、トールが劣等人だというだけで、さしたる功績だと認められないはずだ。
だからこそ、テミスは熱く語った。
トールが如何に優れた戦士であったかを……。
しかし、話せば話すほど国の重鎮たちは頑なになっていく。
さらにはトールだけではない。銀翼騎士団さえも、『劣等人に手助けされる程度の部隊』だと、てこ入れを要求される始末である。
劣等人の呪縛は、かくも強いものか……。
(なんて頭の硬い奴らだ!)
テミスが内心毒を吐く。
いくら説明しても、テミスでは重鎮達を説き伏せることが出来ない。
諦め掛けたそのときだった。
小会議室の扉が開かれた。
その向こう側に佇む人を見た瞬間、テミスは素早く床に膝を付いた。
他の者も同じだ。椅子に座ったまま、深々と頭を下げている。
「良い。楽にせよ」
現われたのは、ユステル国王その人であった。
「陛下。どうしてこちらに……?」
「通りかかった時に、声が聞こえてな」
国王は堂々たる足取りで歩き、一番奥の席に座った。
「功績を挙げた者に対する褒美の話か」
「さようでございます」
「うむ。ならばテミスが言う通りにせよ」
「――し、しかし陛下。お言葉ですが、この者は劣等人にございます。劣等人には過ぎたる褒美でありましょう。国の者にも、良くない影響を与えてしまうやもしれません」
宰相が陛下に具申した。
「だがな、ユステル王都を救った英雄なのだ。たとえ劣等人であろうとも、成した事には相応の褒美をやらねば、体面が保てぬわ」
「……し、しかし」
「宰相よ。お前の気持ちはわかる。なれば、こうしようではないか――」
そこで提案されたものは、王国として例を見ないものだった。
マガポケにて「劣等人の魔剣使い」が更新されました。
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