父の思い
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「ええと……僕の靴は」
「テメェは店で探してろ! 甘ったれてんじゃねぇぞ!!」
試しに聞いてみたら、とんでもない勢いでボールが戻って来た。怖い。
「大体赤の他人に命を守る道具を選ばせるなんぞ二流の――あだっ!!」
「いい加減にするのだ。トールは私の仲間なのだぞ? 頼むから喧嘩を売らないでくれ」
「ぐぬぅ……」
エステルに頭を叩かれたジャックが、恨めしそうに透を睨み付ける。
まるで透のせいで叩かれたかのような態度である。
ジャックの親馬鹿加減に苦笑しつつ、透は口を開く。
「じゃあ、僕の自分の靴を探しに――うわっ!?」
――瞬間。
ジャックが透に向けて木箱を放り投げた。
それを透は慌てて受け取った。
「しゃーなしに、それを売ってやるよ。テメェなんぞ、それで十分だろ」
「は、はあ……」
箱は、先ほど執務室に運び込んだうちの一つだ。
年代を感じさせる箱だ。
元の色がわからないほど変色してしまっている。
(変なものは入ってないよね?)
透は恐る恐る箱を開いた。
中には予想に反して普通の見た目の靴が入っていた。
(てっきり、ネタ装備が入っていると思ってたけど、マトモだったなあ)
これまでの透への態度から、ジャックが〝誰も買わない奇抜な装備〟を持ち込んだものだと思っていた。
しかし、そこは親馬鹿といえど商人である。
一応はまともな装備を持ってきてくれたようだ。
「そいつは悪魔の皮を、一つ目巨人の臓物でなめし上げた靴だ。制作過程で素材が少々呪われちまったが、神殿で5年かけて浄化したから大丈夫だ」
――訂正。やはりジャックはとんでもないネタ装備を持ってきやがった。
『五年かけて浄化した』とは、言い換えると『浄化に五年もかかった』ということだ。
それほど強く呪われていたという事実が恐ろしい。
(本当に大丈夫なのかな……)
「悪魔の革だと!? そんなレアな素材、よく手に入れられたのだな」
「ああ。100年に一度手に入るかどうかの激レア商品だ。売れるもんだと思ってたんだがなあ……」
なんで売れないんだろうなあとジャックが首を傾げるが、そんなもの、まともな客なら誰も買わない。
「素材の曰くは少々アレだが、耐久力は店にあるどの商品よりずば抜けてるぜ」
透は苦笑する。まともな装備じゃないという自覚はあったようだ。
呪いは恐ろしいが、耐久力は魅力だ。
「金貨100枚のところ、娘の知人割引、さらに在庫処分価格で金貨一枚だ。どうする?」
ジャックが透に尋ねるが、透は既に答えが決まっていた。
○
久しぶりに会った娘は、前よりも元気そうに見えた。
愛娘エステルと再開したジャックは、娘の壮健な姿にほっと胸をなで下ろす。
家を出て行ってから、ジャックは自らを責めに責めた。
エステルが家出を決意するほど、自分が追い詰めてしまったのだと。
エステルが家出をしたあと。
ジャックはすぐに商人としての情報網を使い、エステルの行方を追った。
エステルがフィンリスで冒険者になったことは、すぐにジャックの耳に入った。
よりにもよって、冒険者だ。
いつ命を落とすかわからない仕事である。
ジャックは気が気でなかった。
自分の娘がそんな危険な仕事に就くなど、これまで考えたこともなかった。
出来ればジャックは、すぐにでもエステルを連れ戻したかった。
だがエステルを連れ戻せば、彼女を他家に嫁がせねばならない。
商人にとって貴族からの縁談は、よほどのことがない限り断れない。
たとえば、相手方の男性が種無しだとか、取り潰しにあいそうだとか、犯罪に関与しているであるとか。
エステルが貧弱で子どもが残せないとか、病気で死亡してしまったなどの理由があれば、縁談を断ることが出来る。
しかし、その何れにも該当しない相手であった。
国王より『レグルス』の姓を頂き、御用商人としてそれなりの地位にいるジャックではあったが、貴族からの縁談を断ることは出来なかった。
どちらがエステルのためになるか?
じっくり考えたジャックは、エステルが〝夭折した〟ことにした。
エステルがいなくなれば、縁談は破棄出来る。
自分とは赤の他人になってしまうが、貴族に嫁ぐより幸せに違いない。
そう、ジャックは涙を吞んで決断した。
それでもやはり、連れ戻した方が良かったのではないか? と考えない日はなかった。
冒険者は、いつ命を落とすかわからない。過酷な職業だ。
ランクが低いうちは稼ぎが少なく、貧困に喘ぐ。泥水をすする冒険者だっているほどだ。
ランクが高くなれば、強い魔物と戦う頻度が増える。どんなに強い冒険者だろうと、ちょっとした油断であっさり命を落としてしまう。
そのような職業に就いている娘が、心配でない親などいない。
しかし、ジャックは既に貴族へと、エステルの夭折を伝えていた。
冒険者になったエステルが困らぬよう、裏からサポートすることも、ジャックには出来た。だがそれをして、万が一貴族にその情報が伝われば……。
虚偽の報告を行ったジャックは、最悪商会取り潰しの上縛り首にあってしまう。
先祖代々続いた店を、自分の代で終わらせるわけにはいかない。
だからジャックは、見守ることしか出来なかった。
たとえエステルがゴブリンに殺されそうになっても、フィンリスの森を三日三晩駆け回っていたとしても、ジャックには、堪える事しかできなかったのだ。
それが、どれほど辛いか……。
(やっぱり、俺が選んだ道は間違っていたのか。無理にでも連れ戻した方が、エステルのためだったのかもしれない……)
しかし、実際にエステルに会ったジャックは、この道で良かったのだと心底思った。
家を出奔する直前のエステルは、笑わなかった。
ジャックとの関係も、どこかギクシャクしていた。
だが現在は、自然に笑っていた。
ジャックとも、以前のように自然に接してくれた。
(俺は……俺たちは、間違ってなどいなかったんだな……)
冒険者は危険な職業だ。
しかしエステル・レグルスにとってこの道こそが、正解だったのだ。
新しい靴を履いたエステルを見送るジャックは、僅かに胸が締め付けられる。
店を出て行ったエステルは、もう自分の娘ではない。
赤の他人だ。
また店にやってきても、ただの客として接しなくてはならない。
ただし、今回は特別だ。
運命神が与えてくれた、たった一度きりの、別れの時間だったのだから……。
幸福な道を歩んでいく娘に対し、ジャックは祈る。
どうか彼女の行く末に、幸福があらんことを……と。
さらに、ジャックは願う。
(その男だけはやめておけ! 絶対まともじゃないから!!)
それは商人として磨かれた観察眼からか、あるいは父親としての嫉妬心か……。
ジャックの願いは、残念ながらどの神にも届かなかった。
今週はマガポケで連載している「劣等人の魔剣使い」の更新をお休みさせて頂きました。
来週は更新がありますので、少々お待ちくださいm(_ _)m