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父の思い

漫画版「冒険家になろう4巻」、漫画版「劣等人の魔剣使い1巻」が、それぞれ好評発売中!

是非ご購入の程、宜しくお願いいたします。


また、小説版「劣等人の魔剣使い2巻」が12月28日頃に発売となります。

こちらも併せて宜しくお願いいたしますm(_ _)m

「ええと……僕の靴は」

「テメェは店で探してろ! 甘ったれてんじゃねぇぞ!!」


 試しに聞いてみたら、とんでもない勢いでボールが戻って来た。怖い。


「大体赤の他人に命を守る道具を選ばせるなんぞ二流の――あだっ!!」

「いい加減にするのだ。トールは私の仲間なのだぞ? 頼むから喧嘩を売らないでくれ」

「ぐぬぅ……」


 エステルに頭を叩かれたジャックが、恨めしそうに透を睨み付ける。

 まるで透のせいで叩かれたかのような態度である。


 ジャックの親馬鹿加減に苦笑しつつ、透は口を開く。


「じゃあ、僕の自分の靴を探しに――うわっ!?」


 ――瞬間。

 ジャックが透に向けて木箱を放り投げた。

 それを透は慌てて受け取った。


「しゃーなしに、それを売ってやるよ。テメェなんぞ、それで十分だろ」

「は、はあ……」


 箱は、先ほど執務室に運び込んだうちの一つだ。

 年代を感じさせる箱だ。

 元の色がわからないほど変色してしまっている。


(変なものは入ってないよね?)


 透は恐る恐る箱を開いた。

 中には予想に反して普通の見た目の靴が入っていた。


(てっきり、ネタ装備が入っていると思ってたけど、マトモだったなあ)


 これまでの透への態度から、ジャックが〝誰も買わない奇抜な装備〟を持ち込んだものだと思っていた。

 しかし、そこは親馬鹿といえど商人である。


 一応はまともな装備を持ってきてくれたようだ。


「そいつは悪魔の皮を、一つ目巨人(サイクロプス)の臓物でなめし上げた靴だ。制作過程で素材が少々呪われちまったが、神殿で5年かけて浄化したから大丈夫だ」


 ――訂正。やはりジャックはとんでもないネタ装備を持ってきやがった。

『五年かけて浄化した』とは、言い換えると『浄化に五年もかかった』ということだ。

 それほど強く呪われていたという事実が恐ろしい。


(本当に大丈夫なのかな……)


「悪魔の革だと!? そんなレアな素材、よく手に入れられたのだな」

「ああ。100年に一度手に入るかどうかの激レア商品だ。売れるもんだと思ってたんだがなあ……」


 なんで売れないんだろうなあとジャックが首を傾げるが、そんなもの、まともな客なら誰も買わない。


「素材の曰くは少々アレだが、耐久力は店にあるどの商品よりずば抜けてるぜ」


 透は苦笑する。まともな装備じゃないという自覚はあったようだ。

 呪いは恐ろしいが、耐久力は魅力だ。


「金貨100枚のところ、娘の知人割引、さらに在庫処分価格で金貨一枚だ。どうする?」


 ジャックが透に尋ねるが、透は既に答えが決まっていた。


          ○


 久しぶりに会った娘は、前よりも元気そうに見えた。

 愛娘エステルと再開したジャックは、娘の壮健な姿にほっと胸をなで下ろす。


 家を出て行ってから、ジャックは自らを責めに責めた。

 エステルが家出を決意するほど、自分が追い詰めてしまったのだと。


 エステルが家出をしたあと。

 ジャックはすぐに商人としての情報網を使い、エステルの行方を追った。


 エステルがフィンリスで冒険者になったことは、すぐにジャックの耳に入った。

 よりにもよって、冒険者だ。

 いつ命を落とすかわからない仕事である。


 ジャックは気が気でなかった。

 自分の娘がそんな危険な仕事に就くなど、これまで考えたこともなかった。


 出来ればジャックは、すぐにでもエステルを連れ戻したかった。

 だがエステルを連れ戻せば、彼女を他家に嫁がせねばならない。


 商人にとって貴族からの縁談は、よほどのことがない限り断れない。

 たとえば、相手方の男性が種無しだとか、取り潰しにあいそうだとか、犯罪に関与しているであるとか。

 エステルが貧弱で子どもが残せないとか、病気で死亡してしまったなどの理由があれば、縁談を断ることが出来る。


 しかし、その何れにも該当しない相手であった。

 国王より『レグルス』の姓を頂き、御用商人としてそれなりの地位にいるジャックではあったが、貴族からの縁談を断ることは出来なかった。


 どちらがエステルのためになるか?

 じっくり考えたジャックは、エステルが〝夭折した〟ことにした。


 エステルがいなくなれば、縁談は破棄出来る。


 自分とは赤の他人になってしまうが、貴族に嫁ぐより幸せに違いない。

 そう、ジャックは涙を吞んで決断した。


 それでもやはり、連れ戻した方が良かったのではないか? と考えない日はなかった。


 冒険者は、いつ命を落とすかわからない。過酷な職業だ。

 ランクが低いうちは稼ぎが少なく、貧困に喘ぐ。泥水をすする冒険者だっているほどだ。

 ランクが高くなれば、強い魔物と戦う頻度が増える。どんなに強い冒険者だろうと、ちょっとした油断であっさり命を落としてしまう。


 そのような職業に就いている娘が、心配でない親などいない。


 しかし、ジャックは既に貴族へと、エステルの夭折を伝えていた。

 冒険者になったエステルが困らぬよう、裏からサポートすることも、ジャックには出来た。だがそれをして、万が一貴族にその情報が伝われば……。

 虚偽の報告を行ったジャックは、最悪商会取り潰しの上縛り首にあってしまう。


 先祖代々続いた店を、自分の代で終わらせるわけにはいかない。

 だからジャックは、見守ることしか出来なかった。


 たとえエステルがゴブリンに殺されそうになっても、フィンリスの森を三日三晩駆け回っていたとしても、ジャックには、堪える事しかできなかったのだ。


 それが、どれほど辛いか……。


(やっぱり、俺が選んだ道は間違っていたのか。無理にでも連れ戻した方が、エステルのためだったのかもしれない……)


 しかし、実際にエステルに会ったジャックは、この道で良かったのだと心底思った。


 家を出奔する直前のエステルは、笑わなかった。

 ジャックとの関係も、どこかギクシャクしていた。


 だが現在は、自然に笑っていた。

 ジャックとも、以前のように自然に接してくれた。


(俺は……俺たちは、間違ってなどいなかったんだな……)


 冒険者は危険な職業だ。

 しかしエステル・レグルスにとってこの道こそが、正解だったのだ。


 新しい靴を履いたエステルを見送るジャックは、僅かに胸が締め付けられる。


 店を出て行ったエステルは、もう自分の娘ではない。

 赤の他人だ。

 また店にやってきても、ただの客として接しなくてはならない。


 ただし、今回は特別だ。

 運命神が与えてくれた、たった一度きりの、別れの時間だったのだから……。


 幸福な道を歩んでいく娘に対し、ジャックは祈る。

 どうか彼女の行く末に、幸福があらんことを……と。


 さらに、ジャックは願う。


(その男だけはやめておけ! 絶対まともじゃないから!!)


 それは商人として磨かれた観察眼からか、あるいは父親としての嫉妬心か……。

 ジャックの願いは、残念ながらどの神にも届かなかった。

今週はマガポケで連載している「劣等人の魔剣使い」の更新をお休みさせて頂きました。

来週は更新がありますので、少々お待ちくださいm(_ _)m

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新作「『√悪役貴族 処刑回避から始まる覇王道』 を宜しくお願いいたします!
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