王都へ移動(自由形)
11月30日に漫画版『冒険家になろう!4巻』が、
12月9日に漫画版『劣等人の魔剣使い』がそれぞれ発売となります!
どうぞ、宜しくお願いいたしますm(_ _)m
「――縮地! ひゃっふー!」
「……トール。普通に走ってくれ」
エステルのげんなりした声が耳に届く。
しかし、透はエステルの声をスルーする。
魔術の制御で精一杯なのだ。
透は走りながら考えた。
『なにか特訓になる移動方法はないものか?』
それで思いついたのが、《エアカッター》を用いた瞬間加速だった。
透が地面を蹴ると同時に、刃を潰した《エアカッター》を自らの背中に放つ。
すると、カタパルトよろしく体が一気に加速するのだ。
まるで日本の一流剣師が使う歩法のように、これがあれば相手との間合いを一気に詰めることが出来る。
透が命名した〝縮地〟を何度も使い、体に馴染ませていく。
しかし、この移動方法は決して楽ではなかった。
跳躍時と着地時に、足に相当負担がかかるのだ。
戦闘中に数度発動することは出来るが、長距離移動時に連発するには不向きだった。
しばらく縮地の練習をしていた透は、さらに考えた。
『もっと楽に移動出来ないか?』
『もっと魔術の訓練が出来ないか?』
この二つを考え続けた結果、透は閃いた。
『合体で解決だ!』
街道のでこぼこを、《ロックニードル》で均一に慣らす。
その上に《ウォーターボール》で水を撒く。
靴の裏に《ファイアボール》を設置し、《ウインドカッター》で透は自らの背中を強く押し出した。
《ファイアボール》は、人体側の接触面には熱が伝わらない。
だが、反対側からは熱が発生している――これはリリィに教わった訓練で知っていた。
その《ファイアボール》を地面に撒かれた水に近づけると、水が一気に沸騰する。
接地面の水が沸騰することで、靴と地面の間に空間が生じる。
――体が浮かび上がるのだ。
その状態で、《ウインドカッター》で背中を強く押せばどうなるか?
ホバークラフトよろしく、体が前に進んでいくのだ。
これが、ランニング中に暇になった透が思い付いた『楽が出来て魔術訓練も同時に行える移動方法!』だった。
ただしこの移動方法には、致命的な欠点があった。
それは、非常にバランスが取りにくいことだ。
両手を広げてバランスをとりつつ、両足はぴたりと合せて固定する。
これが、もっとも安定する姿勢だった。
ここから僅かでも動いてしまえば、猛烈な勢いのまま顔面から地面にダイブしそうになるのだ。
透はあたかも一人タイタニックのような姿勢を保ったまま、じっと魔術の行使に集中する。
その様子を見て、エステルは「頼むから、普通に走ってくれ」と切に願っていた。
トールが奇行に走るのは、昨日今日のことではない。
以前からトールは大量に《ライティング》を布団に仕込んだり、布団を《ライティング》で浮かせてクルクル回転させたりしていた。
本人は魔術の訓練だと言い張っているが、エステルにはどう見ても訓練には見えなかった。
極めつけは、これである。
トールは、あたかも民草を救うために降臨した神の如き姿勢を保ったまま、上下移動もせず、凶悪な速度でツイーっと前方に滑っている。
しかし、足下からジュウジュウという音を立てながら、水蒸気がもくもくと立ち昇る中を爆速で移動するトールは、決して神ではなく、邪悪なるなにかである。
おまけにトールはリリィから貰った黒のローブを着ているものだから、関わってはいけない危険人物にしか見えない。
トールには、コレと併走するエステルの身になって貰いたい。
「……トール。頼むから、普通に走ってくれ」
エステルは神に祈る。
願わくば、この恐るべき移動方法を編み出したトールが、(そしてトールと併走する自分の姿が)誰の目にも触れませんように……と。
○
日が暮れる頃。
地平線の向こう側に、薄らと巨大な街が見えてきた。
――首都ユステルだ。
透もエステルも予想していなかったが、どうやら二人は相当早く走っていたようだ。
(馬車が時速10キロで2日間の距離を1日で着いたってことは、単純に時速20キロで走ってたってことか)
20キロといえば、フルマラソンの世界記録保持者並だ。
マラソンランナーの全速力レベルで、まる一日走りきった計算になる。
それも、ふらふらになりながらではない。
これから魔物に襲われても、数戦はいけるくらいの体力が残っている。
レベルアップによる恩恵は、透が想像していたよりも大きかった。
幸いにして、透の足を止めるものはなにもなかった。
一度くらいは魔物に襲われるかと思ったが、それすらなかったのは驚きだ。
「魔物、出なかったね……」
あわよくば経験値も取得したかった。
透はがくりと肩を落とす。
「それもそうだろう……」
あのような危険な移動法、魔物だって近づいちゃいけないことくらいわかる。
それがわかっていないのはトール本人だけだ。
エステルも、がくりと肩を落とした。
透としては、ユステルに付くまで全力で走り(?)抜きたかった。
だがエステルが「それだけはやめてくれ!」と泣いて懇願するものだから、途中から普通に走っている。
透はエステルが何故、そうまでして魔術訓練を止めたかったのかがわからない。
(王都の近くで魔術を使ったら、衛兵に警戒されるからかな?)
透はそう、自らを納得させるのだった。
「……んっ、なんだろう?」
マガポケで連載中の「劣等人の魔剣使い」が木曜日に更新されました。
そちらも合せてご覧下さいませ。