Dランククエスト
翌日。目が覚めた透はエステルと共に、中庭で稽古を行った。
稽古が終わると透は朝食を作る。
朝食の時間になっても、リリィはリビングに降りてこなかった。
どうやら朝が弱いらしい。
朝食が終わると、それぞれが支度を行う。
これから透らは、家を手に入れて初めての冒険に出かける。
「あっ、リリィさんお早うございます」
「……ん」
家を出るときに、透はリリィに出くわした。
彼女は今し方起きたばかりという出で立ちで、髪の毛には寝癖が付いている。
来ているのは無地のローブ。向こう側が透けてしまいそうなほど素材が薄い。
あまりジロジロ見るのも失礼だと思い、透は視線を逸らした。
「おはよう、リリィ殿。これから冒険に出るのだが、リリィ殿もどうだ?」
「……いい」
「そうか」
リリィはBランク冒険者だ。
Dランクになりたての冒険者が誘ったって、断られるに決まっている。
それが判っていたからか、はたまた試しに聞いてみただけか。
エステルは差して後ろ髪を引かれる様子もなく、頷いたのだった。
ギルドに着いた透らは、早速掲示板に向かう。
今日からは、Dランクの掲示板だ。
透はワクワクしながら、依頼のチェックを行う。
・ゴブリンリーダー討伐 銀貨1枚
・コボルドチーフ討伐 銀貨1枚
・サンライトフラワー採取 銀貨5枚
「おおー、さすがDランク。Eランクまでとは、報酬が全然違うんだね」
軒並み銀貨1枚(日本円で一万円)超えだ。
「そうだな。さすがはDランクだ。依頼達成料はこの値段だが、ここには素材販売料が入っていないからな。素材販売を含めれば、相当な額になるのだぞ」
「なるほどね」
命を天秤に乗せていることを思えば、たしかに依頼料は安い。
しかし、素材販売料も含めると、危険度に見合った金額になるのだ。
ただし、採取依頼は別だ。
サンライトフラワーの依頼には、依頼料以外の上乗せがない。
販売料も含めた価格だから、討伐依頼よりも高い値段で募集しているのだ。
そんな話をエステルから聞きながら、透は掲示板の隅から隅まで眺める。
「おっ?」
すると、透はある依頼に興味が惹かれた。
「このオーク討伐はどう?」
「む? オークか……」
エステルがやや渋い表情を浮かべた。
・オーク10匹討伐 銀貨1枚
1匹あたり銅貨10枚換算というところが少し気にはなるが、それより透はオークそのものに興味があった。
「やっぱり、オークって美味しいのかな?」
「味か……。たしかに、オーク肉は美味ではあるな」
ふむ、とエステルが腕を組み、顎に人差し指を当てた。
「ただ、オークはほとんどが脂肪に覆われていて、可食部は少ないのだ。討伐現場での解体が面倒な上に、オークそのものが重くて、1回の討伐で1匹しか持ち帰れない。だからか、市場ではオーク肉がそこそこの値段で取引されているのだ。
冒険者としては、オークは販売出来る素材部分が少ないことで有名だな。肉の販売で稼げないことはないが、無理に持ち帰ろうとするほどの値段でもないのだ。
討伐難易度は、Dランクの中で高めだな。討伐難易度が高いこともあって、他の依頼があるなら、わざわざオークを引き受ける冒険者はいないのだ」
「ふぅん」
なるほど、と透は思った。
冒険者は、日々の生活の糧を得ている。
Dランクの依頼の中でオークは実入りが少ないため、人気がないようだ。
エステルが渋い顔をしたのは、そのためだ。
ただ、トールは少し興味があった。
ファンタジーもので定番のオーク肉が、どれほど美味しいのかが!
(オークの持ち帰りなら、問題ないね)
透には<異空庫>がある。どんなに狩っても、帰路を心配する必要はない。
またオークの強さについても、透は大丈夫だろうと考える。
透はCランクのクインロックワームや、同じくCランクのワーウルフを倒している。
Dランクのオークならば、大量に囲まれなければ大丈夫だという自信があった。
であれば、早速行動開始だ。
透はオークの依頼書をもって受付に並ぶ。
「ああ、やっぱりオークにするのだな」
隣でエステルががくりと肩を落とした。
どうも実入りの少ないクエストが、お気に召さないようだ。
「うん。だって、夕食がワンランクアップするかもしれないんだよ?」
「それは…………」
透が言うと、エステルがやや困惑した。
しかし、次第にその瞳が怪しく輝き始める。
どうやら、食の誘惑には抗えなかったようだ。
受付を行った透らは東門を抜け、フィンリスの森北部へと向かった。
しかしこの時、まさか自分があんな目に遭うなど、エステルは考えもしなかったに違いない。
○
フィンリスの森北部を訪れるのは、今日が初めてだった。
フィンリスの森そのものにはよく足を運んでいたが、透たちが訪れた事があるのは、南門を抜けた先の森である。
フィンリスの森は、南側と北とで川で区切られている。
幅が1メートルほどと小さな川だが、その境目で出現する魔物が大きく変化する。
南側の浅い部分は、ゴブリンやシルバーウルフなどが出没する。
同じくらい浅い位置でも、北側はオークやトロールなど大型生物が現われるのだ。
小川を超えただけで何故出現する魔物が違うのかは、いまだ解明されていない。
ただ、この境界があるおかげで、初心者冒険者は運悪く強い敵に出会わなくて済んでいる。
エステルの講義を聞きながら、透はフィンリスの森北部をぐんぐん進んで行く。
森の見栄えは、南側と同じだ。
見通しが悪く、歩きにくい。
常に不意打ちを警戒しているが、透の<察知>には、いまのところ魔物の気配は引っかっていない。
「結構歩いたと思うけど、オークってどのくらいの場所で出てくるの?」
「比較的浅い場所から出てくるらしいぞ」
「あれっ、そうなんだ。……うーん、もう少し奥に進んでみる?」
「あまり深く入りすぎると道に迷うし、なにより強い魔物が出てくる可能性があるのだ。それに、この森の先は魔人領だからな」
「魔人領!?」
魔人。
初めて聞く単語に、透は興味がそそられた。
魔人とは、ファンタジーものに出てくる定番種族だ。ファンタジー種族としては、悪魔と同一視されることが多い。
そして大抵の場合、人間とは仲が悪い。
「魔人は、エアルガルドに住む人種のひとつだな。高すぎる魔力を抑えるために、制御器官が発達しているのだ」
「制御器官?」
「一般的なのはツノだな。他にも、体に制御紋が表れている者もいるという」
「へぇ。やっぱり、人間とは対立してるの?」
「ん? そんなことはないぞ。仲が良いとは言わないが、悪くもない。ただ違う国の住民だからな。それなりの距離感は当然あるぞ」
それもそうか、と透は思った。
日本人に『セントクリストファー・ネイビス連邦国は好きか?』と問われても、『好きでも嫌いでもない』というのが意見の大半を占めるはずだ。
それと同じである。
「さすがに歩きだと国境まで数日かかるが、一応気をつけるように。国境を審査なしで超えれば、問答無用で捕らえられる。知らなかったでは済まないぞ」
「了解」
透はあまり、フィンリスの森の奥に深入りしないようにと、心に刻み込む。
しかし、と透はふと思った。
(そういえば、リッドが暮らしてたあの村って、どこの国の所属だったんだろう?)
体の元の持ち主であるリッドが暮らしていたのは、森の奥にある名も無き村だった。
エステルは『歩きだと国境まで数日かかる』と言ったが、走ればどうだ。
透は村を出たあと、体を慣らすために全力で森の中を走っていた。
さすがにそれでも、国境までは達してない可能性が高い。
だが、国境沿いの村である可能性は非常に高い。
おまけに村があるのは、魔物が巣くう森の中である。
(なんでそんな場所に、人が住んでたんだろう……)
思い起こせば、村には不思議な点が多々あった。
考えていた透の感覚が、魔物の気配を捕らえた。
「エステル。前方からなにか来たよ」
「了解」
言うなり、エステルが剣を抜いた。
まるで濡れたような刀身が姿を現わした。
透が制作した、特殊なミスリルの剣だ。
(いつ見ても綺麗だなあ)
剣に見とれながらも、透は【魔剣】を顕現させる。
透らが態勢を整えた頃、森の奥から足音をたてながら、1匹の魔物が姿を現わした。
先日マガポケにて、劣等人の魔剣使いが更新されました。
こちらも合せてご覧くださいませm(_ _)m