リリィからのありがたい教示
庭に現われたリリィが、突如ぴたりと固まってしまった。
目の前で手を振るが、まるで反応しない。
「どうしたんだろう?」
透はリリィの様子に首を傾げつつ、先ほどの戦闘を思い返す。
透も剣術レベル5に合気レベル5と、スキルボードで技術を補っている。
だが、エステルにはまるで太刀打ち出来なかった。
その原因はやはり、透の経験不足だ。
緩急の付け方や、《筋力強化》魔術の使い方が、エステルの方が格段に上手いのだ。
技術力そのものは決して負けていない。
むしろ透が勝っている場面が多々あった。
だが透はエステルを押し切れなかった。
つい押すことに夢中になりすぎて、気がつけばエステルの術中にはまり首筋に剣を突きつけられているのだ。
(引くことも、また戦略なんだなあ……。むーっ、くやしい!)
スキルボードで能力を強化すると、その分だけどうしても力押しになってしまう。
透の動きがそうだ。
エステルが巧みなのは、自分より能力が高い相手と戦う場合の立ち回りである。
これまで透は、自分よりも能力の高い相手と戦った経験が一度しかない。
――フィンリス襲撃事件時の、ワーウルフのみだ。
対してエステルには、それが豊富にある。
彼女はスキルボードがないので、技術力をコツコツあげるしかない。
自分が弱いあいだは、周りの魔物すべてが強敵だ。
命を落とさぬよう、怪我をせぬよう立ち回りつつ、魔物を倒す。
その経験を積み重ねた結果が、エステル勝利という形で明確に現われているのだ。
(もっともっと、頑張らないと!)
劣等人と呼ばれる透がエアルガルドを生き抜くために、決して手は抜けない。
透は早速魔力を練り上げ、小さな魔術弾を召喚した。
魔術弾は3つ。それぞれ火・水・土だ。
それを頭上でグルグルと回転させる。
これは以前の透には出来なかった、多属性魔術による操作訓練だ。
現在の透でも、かなりの思考をコントロールに占有される。
だが、透の〈魔術〉はレベル5だ。やって出来ないわけじゃない。
辛いのは、技術力がないからじゃない。魔術に体が慣れていないためだ。
これが普通に出来るようになれば、透の魔術の扱いが、もうワンランク上がるだろう。
透が必死に多属性魔術をコントロールしていると、
「……それは、なに?」
思考の再起動に成功したリリィが尋ねてきた。
彼女は透の頭上を見て、訝しげな表情を浮かべている。
「ええと……」
「戦ってる間も、ずっと回ってた」
「ああ、うん。これは魔術を弾状にしたものですね。先ほど言った通り、僕は迷い人なので魔術の扱いが下手なんです」
「へ……へた?」
「はい。元の世界には魔術がなかったので。少しでも早く慣れるように、こうやって魔術を発動して動かしているんです」
「……」
何故だろう。どんどんリリィの目が据わっていく。
説明が不足していたかと、透はさらに言葉を重ねる。
「いまやってるのは、火・水・土の三属性同時使用です。こうやって常時展開の訓練をしていれば、戦っている間でも、自由に魔術が発動出来るかなって」
「なるほど。だからトールは動きが単純だったのだな」
エステルの指摘に、透は目を見開いた。
「えっ、そうだった?」
「ああ。魔術の展開に気を取られすぎていたのだろう。もし魔術を展開しなければ、私が負けていたかもしれないな」
「そっか。うーん。自分では普通に動けてたと思うんだけど。要練習――」
「ちょっと待って」
透とエステルの会話に、リリィが突如割って入った。
彼女の目は、かなりつり上がっている。
なにか怒らせることを言っただろうか?
透は内心戦々恐々として次の言葉を待った。
「まず、エステル」
「ぬ?」
「〝これ〟はおかしい」
これ、というところで透が人差し指を突きつけられた。
――解せぬ。
「そ、そうなのか?」
「これはまともじゃない」
リリィの言葉が、透の胸を貫いた。
「これがまともだと思っちゃダメ」
「そ、そうか。私は魔術を詳しくしらないから、〝これ〟が普通だと思っていたのだが」
リリィのみならず、エステルまでもがコレよばわり。
――二人とも酷い!
「普通、戦いながら魔術は展開出来ない。覚えて」
「あ、ああ……」
(へぇ……。普通は出来ないのか。ということは、〈魔術Lv5〉は相当高い効果があるんだなあ)
そんなことを考えていた矢先だった。
「そして、トール」
「ふぁい!?」
恐るべき剣幕でリリィに睨まれ、透は反射的に背筋を伸ばした。
まかりなりにも、彼女はBランク冒険者である。
視線のプレッシャーが凄い。
透の額に、じんわり脂汗が浮かぶ。
「トールはおかしい」
「……」
見た目幼女に言葉でまっすぐ殴りつけられた。
その凄まじい衝撃に、透は膝を付きそうになる。
「普通、いきなりその訓練はしない。失敗は当たり前」
「……と、言いますと?」
「最初はこれくらいが妥当」
そう言うと、リリィはおもむろに掌を上に向けて、腕を前に伸ばした。
透が掌を見ていると、次第に掌中央にマナが集まり、魔術が発動した。
発動された魔術は、透と同じ3属性の弾だった。
透と違うのは、魔術がリリィの体にピタリとくっついていることだ。
「体から離すと、難しくなる。最初はくっつけた方が良い」
「なるほど。でもそれ、火傷とかしないんですか?」
「大丈夫。攻性は、体から離して発揮する」
「へぇ!」
試しに透は、自らの掌に《ファイアボール》を発現させた。
いつでも消せるよう、恐る恐る灯した《ファイアボール》だったが、いつまで立っても熱さを感じない。
確かに、リリィが言った通りだ。
《ファイアボール》が熱くない。
「なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだろう?」
思い起こすと、透はこれまで魔術は発動する傍から放ってきた。
それは〝《ファイアボール》は熱い〟という思い込みがあったためだ。
地球で物理現象を学んだ弊害である。
魔術は物理とは違う現象だ。
物理なら熱い炎だって、魔術なら掌にくっついていても熱くならないのだ。
「教えてくれて、ありがとうございます!」
「ん、良い。ご飯、美味しかったから」
どうやらリリィは、昼食のお礼に魔術指導を行ってくれたらしい。
昼食は透が作りたかったから、勝手に作ったものだ。
まさかお礼を言われるとは、思ってもみなかった。
(律儀な人なんだなあ)
透はリリィの教えに従い、再び魔術の弾を発動する。
今度は様子見ではなく、全力でだ。
次の瞬間だった――。
20日(木)の更新ですが、漫画家さんが急病のため休載でした。
次回更新ですが、印刷所の都合上(お盆休み)27日がお休みになりまして、9月3(木)予定となります。
大変申し訳ありませんが、再開をお待ちくださいm(_ _)m