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下水道からの帰還

(いやー。ワーウルフは強かったなあ)


 先ほど吹き飛ばされた透は、遠くから弓で心臓を狙ったのだが、矢が刺さったのは肩口だった。

 ほんの僅かな兆し一つで、致命傷を避けるほど、ワーウルフは勘が鋭いのだ。


 また透の攻撃も、すべて回避され続けた。

 あらゆる動きに無駄がなく、また攻撃は緻密に計算されていた。


 力でぶん回すだけではない、洗練された攻撃を行うワーウルフは、戦いに身を置いて二週間という短さの透には荷が勝ちすぎていた。


 このままではじり貧だ。

 そう思った透は後方に飛ばされた直後、即座に<物真似>スキルを新たに獲得した。


<物真似>は対象を模倣するスキルだ。

 これがあれば相手の動きをコピー出来る。


 透に現在足りないのは、実戦経験から生じる実行力だ。

 その実行力を、<物真似>スキルで補おうと透は考えた。


『見て盗む』

 古来より受け継がれる武道の心得を、透はスキルで補助し、再びワーウルフに立ち向かった。


 そこから数度魔物と刃を交えた透は、これまでにないほど膨大な戦闘経験が蓄積されるのを感じた。

<物真似>が相手の動きを盗み、透は即座に自らの動きにフィードバックさせた。


『一見使えそうにないものでも、実は有効な使い方があるかもしれない』

(ああ、たしかに。ネイシス様の言う通りだった)


<物真似>を取得してから、透とワーウルフの経験の差が、瞬く間に埋まっていく。

 手首を落とした攻撃で、遂に透はワーウルフを追い抜いたのだった。


「こんなに強い魔物がいるなんて。エアルガルドって、おっかない所なんだなあ……」


 日本で暮らしていた頃の透であれば、相手の攻撃を目に入れることさえ出来ずに八つ裂きにされていた。


 そんな魔物が生息していて、さらにはそんな魔物を倒せる人間がいる。

 そう考えると、透はエアルガルドで〝普通に〟生きて行く自信をみるみる失っていく。


「少し強くなったかなぁって思ってたけど、全然まだまだなんだなあ……。もっと頑張らないとっ!」


 ワーウルフくらいを普通に倒せる一般人になれるように! と、透は拳を握りしめた。


「――と、こんなことしてる場合じゃなかった! ルカを追わないと!!」


 透は本来の目的を思い出し、ルカが去って行った下水道の奥へと全力で駆け出したのだった。


          ○


「エステル、ただいま」

「おっ、トール、おかえ――なんなのだそれは!?」


 井戸に戻って来た透を見て、エステルがぎょっとした。


 あれから透はルカの後を追い、下水の奥へと走った。


 下水道は、フィンリスの外の下水浄化池に繋がっていた。

 浄化池からは、ぽよんぽよん池に浮かぶ無数のスライムの気配しか感じられなかった。

 ワーウルフと戦っているあいだに、ルカは遠くまで逃げおおせたのだ。


 下水道の入口には、魔物や人が入り込めないよう、鉄格子が填まっていた。

 しかし鉄格子は力任せに歪められ、小柄な人間一人くらいなら通り抜けられるくらいの隙間が空いていた。


 大量のシルバーウルフは、そこから入り込んだのだ。


 仕方なく来た道を引き返し、透はワーウルフの死体をずるずる引きずりながら地上へと戻っていったのだった。


「これ、ワーウルフっていうらしいんだけど、素材が高く売れないかなーって思って持ってきた」

「わ、わ、わ……ワーウルフだとッ!? そんな、まさか……」

「ん、ワーウルフで間違いない」


 喫驚するエステルとは対象的に、リリィが軽く検分しお墨付きを出した。


「おっ、リリィさん、もう起き上がって大丈夫なんですか?」

「大丈夫。それはそうと、さっきはよくもやってくれた」


 リリィが言う〝さっき〟とは、透が事件のさわりを彼女に尋ねたことである。

 苦しむ彼女を揺さぶってでも情報を聞き出したことで、ルカを追い詰めることが出来たのだ。


 いうなれば、あれは必要な犠牲だった。

 ――結局ルカを取り逃がしてしまったけれど。


 お返しとばかりに、リリィが透の二の腕を杖でテシテシ叩いた。

 地味に痛い。


「ふ、二人とも。どうしてそんなに落ち着いていられるのだ? ワーウルフだぞワーウルフ!」

「うん、ワーウルフみたいだね」

「ワーウルフ。間違いない」

「――っじゃなくてだな! ワーウルフはCランク上位の魔物ではないか! トールは一体どうやってそれを倒したのだ!?」

「えっと……普通に?」


 オーバーリアクションで詰め寄ったエステルに、透はきょとんとして答えた。

 少し考えたが、やはり普通に倒した、としか言いようがなかった。


 その答えを聞いて、エステルががくっと肩を落とした。


「なにを驚いてる? ワーウルフくらい、遠くから≪フレア≫で一発」

「あーリリィ殿はそうだな、うん……凄いぞ、凄い」


 エステルの目が、ますます死んでいく。

(あーだめだこの人達。自分達が規格外だってわかってない)


「さておき、ここにワーウルフがいるということは、これがシルバーウルフを操っていた親玉だな」

「そうなの?」

「ああ。魔物は強い個体の指示に従う習性があるからな。ワーウルフがシルバーウルフを集め、フィンリスにけしかけたと見て間違いないだろう。ただ、何故ワーウルフがそのようなことをしたのかがわからないが……。

 とりあえず、ワーウルフを持って冒険者ギルドに報告に行こう。そこでなにかわかるかもしれない」

「うん、そうだね」


 透も、ギルドに報告したいことがある。

 エステルの提案に乗り透は冒険者ギルドへと向かった。




 冒険者ギルドは、難を逃れた一般市民や報告を行う冒険者たちでごった返していた。

 カウンターを壊すのではないかと思えるほどの人の圧に、受付嬢たちの顔には濃い疲労の色が浮かんでいた。


 そんな中にあって、マリィだけは通常の営業スマイルを崩さず、一人一人丁寧に処理していく。

 どんなに辛い状況でも、本当に辛いのは冒険者であり、被害に遭った一般市民だ。

 だから、もっとも安全な場所で立っているだけの受付が先に音を上げてはいけない――というのが、マリィの信条である。


 一心不乱に処理を行っていると、突如入口から受付に向けて人の群れが割れた。

 耳を塞ぎたくなるほどの喧噪も、気がつけばぴたりと止んでいた。


「……えっ、トールさんと、エステルさん?」


 割れた人垣の向こう側。入口に立っていたのは新人冒険者のトールと、エステルだった。


 トールは先日、ランクアップ試験を受けていた。

 その報告に来たのだろうか? とマリィは考えた。

 だが、ただそれだけでギルド内が静かになるはずがない。


 じっと見つめたマリィは、静寂を生んだ原因が目に留まった。


「あれは……ワーウルフ!?」


 その魔物の亡骸を見た瞬間、マリィは現在の業務そっちのけでカウンターを出た。


 彼らが何故ワーウルフの亡骸をここに運んだかは定かではない。

 だが受付嬢の勘が、彼らがこの騒動の核心を運び込んだに違いないと強く訴えた。


 ならばやることは一つだ。


「トールさん、エステルさん、こちらへ!」


 マリィはすぐに個室を開放し、彼らに事情聴取を行う段取りを付けたのだった。

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