状況確認
――ドドドドド!!
あたかも雨のように、光が地上に降り注ぐ。
光は人を避け、建物を避け、魔物にだけ降り注いだ。
魔術を受けたシルバーウルフは悲鳴を上げることも出来ぬまま、次々と石畳のシミとなっていく。
「これが……無尽のリリィ。超級魔術師の力、ですのね」
発動した魔術を眺めながら、ルカがぽつりと呟いた。
リリィが用いた魔術は、スキルレベル極級(5)で発動出来る、最上級魔術だ。
さらにそこから、リリィは複数の魔術を掛け合わせた。
≪索敵≫で魔物を捕捉し、≪効果拡大≫でフィンリス全体を掌握する。
掌握した魔物すべてを、ピンポイントで撃破する。
それは、戦争であればたった一人で軍団を壊滅に追いやれるほどの魔術。
超級魔術師だからこそ出来た、究極魔術だった。
これはリリィにとって、最強の切り札だった。
その切り札をあっさり切ってしまうほどに、リリィは激怒していた。
自分の店を燃やされ、自分の商品を燃やされた。
リリィは自らが手に入れたほとんどすべてを、魔物の襲撃によって失ったのだ。
フィンリスを襲撃したすべてのシルバーウルフを自らの手で、跡形もなく消し去ってやらねば、怒りは収まりそうになかった。
光の速さで降り注ぐ光弾を、避けられる魔物などいるはずもない。
≪ホーリーレイン≫が終了した後、フィンリスからは魔物の気配が忽然と消え去ったのだった。
「……すごい」
魔術の一部始終を眺めていた透は、そう呟くことしか出来なかった。
自分が使っている魔術なんて、子どもの遊びだと思えるほど、リリィの魔術は壮絶だった。
それと同時に、透は思う。
(この魔術、使ってみたい!!)
使用された魔力と術式から、一朝一夕に使えるとは思えない。
だが、ゆくゆくはこの魔術が使えるようになりたい。
「劣等人だから、無理かもしれないけど……」
目標は遠ければ遠い方が良い。
リリィが使った魔術は、これからの透の目標になったのだった。
「トール。あとは、宜しく」
リリィがぱたりと地面に倒れ込んだ。
「リリィさん、どうしたんですか!?」
「魔力、使いすぎ。……動けない」
「あ、あー、なるほど」
あれだけの大規模魔術を使ったのだ。
これでピンピンしていては人間ではない。
「トールさん。魔物はすべて、リリィさんが倒されてしまわれたのですの?」
「魔物の気配が一気に消滅したので、たぶんそうでしょうね」
「では、ここを任せてもよろしいでしょうか」
「良いですけど、どうしました?」
「フォルセルス神殿を確認したいんですの」
フィンリスに置かれた教会は、敵の襲撃に備えたシェルターの役割も担っている。
ルカはフォルセルス教の信者だ。フォルセルス教会の地下シェルターに避難した、住民の無事を確認しに行くのだろう。
「なるほど、わかりました」
「感謝しますわ」
透は頷き、ルカを送り出した。
「……さて」
ルカの後ろ姿を見送りながら、透は魔術を行使した。
≪筋力強化≫≪聴覚強化≫≪嗅覚強化≫だ。
火はあらかた鎮火し、シルバーウルフの気配は消えている。
だが、まだどこかに危険が潜んでいる可能性はある。
透一人なら良いが、この場には身動きが取れないリリィがいる。
咄嗟の状況に反応が遅れ、リリィが怪我をする事態は避けたかった。
いつでもなんでも、どんとこい!
そんな気概を高め、透は意識を研ぎ澄ませた。
「んっ? この臭いは……シルバーウルフ?」
透の鋭敏になった嗅覚が、僅かな異変をキャッチした。
しかしすぐに気のせいだと結論づける。
この場には、臭いが多すぎる。
きっと〝混ざってしまった〟だけだ、と。
「そうだ、リリィさん。フィンリスでなにが起こったのか、初めから教えてもらっていいですか?」
「う……」
魔力不足で疲労困憊のリリィを鞭打ち、透は彼女から事件の概要を教えてもらうのだった。
「トール、無事だったか!」
「エステル、お疲れ様」
ルカが離れてからしばらくして、透の元にエステルが合流した。
彼女には汚れ一つついていない。透が使った風魔術がきっちり彼女を守ってくれたようだ。
「さっきの魔術は、リリィのものか?」
「うん」
「やはり。それにしても、いきなりだったから驚いたぞ。魔術が当たったシルバーウルフがはじけ飛んだものだから、死を覚悟したものだ」
リリィは人間には当たらないよう、きっちりターゲティングしていた。
だがそれを知らない人にとって、あの状況は死を意識したはずだ。
当然、透もはじめは驚いたが、魔術を使ったのはエルフのリリィだ。
エルフが魔術師として凄腕という先入観があったため、透は自らの生存を疑わなかった。
「ところで、トール。リリィは何故倒れているのだ? もしかして、怪我をしたのか?」
「いや、魔力の使いすぎて動けないんだって」
「ああ、なるほど。あれほどの魔術を使えば、リリィも動けなくなるのだな。辛いのはわかったが、しかしリリィは何故泣いているのだ?」
「あー、うん、それは、魔力不足がキツイからだよ」
あはは、と透は乾いた笑いを浮かべた。
いくら事件発生時の状況が気になったとはいえ、疲労困憊のリリィに無理をさせすぎた。
おお、救いの神よ……と、リリィが泣きながらエステルの足に縋り付いた。
そんなリリィを見て、エステルが透に冷たい視線を向ける。
「……トールぅ。リリィになにをしたのだぁ?」
「何もしてない。何もしてないからね?」
どろどろとした真っ黒な雰囲気に、透は慌てて首を振った。
――当面の危機は去った。
次は、先延ばしにしていたことを、考える時だ。
「ところでエステル、魔物の侵入経路ってなにかわかった?」
「いや、私が見た限りでは、外壁に異常はなかったぞ」
「じゃあ、外から入り込んだっていう線はなしか」
「だが、私は全部を見て回っていないからな。もしかしたら壁のどこかに穴が空いているかもしれないぞ」
「うーん」
フィンリスの外壁は、五メートル以上の幅がある。
これがシルバーウルフ程度の魔物に破られたとは考え難い。
第一、魔物が穴を掘ろうものなら、見回りを行う誰かしら気づくはずだ。
「誰かが穴を空けてシルバーウルフを招き入れたのかもしれないぞ」
「それでも、やっぱり穴を空けてる間に誰かにバレる可能性はあるよね」
フィンリスを落とすほどのシルバーウルフの群れだ。
壁の外で待機すれば、誰も気づかないはずがない。
「リリィの話だと、シルバーウルフは突然現われたらしいんだ」
透はリリィから聞いた情報を、エステルにも伝えた。
エステルは腕を組みながら、ふむぅと鼻を鳴らす。
「いきなり現われた、というところが肝心のようだな」
「それと、シルバーウルフの胃袋にフレアライトが仕込まれていたのも気になる」
「そうだな。信じがたいことだが、これはただの魔物の襲撃ではないようだ」
「となると……」
高速回転する<思考>が、断片的な情報からとある答えを導き出した。
その答えを考察するが、透はそれが決して無いとは思えなかった。
「お、おい、トール。どこへ行くのだ?」
「うん、ちょっと気になることがあって。エステル、リリィさんのことよろしく」
「あ、ああ。トール。まだ街中に魔物が残っているかもしれない。気をつけるのだぞ」
「ありがとう。気をつけるよ」
透はエステルに手を上げ、目的の場所へと駆け足で向かった。
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