フレアライト
扉を開くと、部屋の中に二体の大きな犬の姿を発見した。
犬はシルバーウルフより二回りほど大きかった。
「シルバーウルフの親?」
「あれは、ウルフチーフだな」
透の疑問に、エステルが油断なく剣を構えながら答えた。
「Dランクの魔物だ」
「了解」
短い言葉で、魔物の強さを把握する。
相手はDランク。ロックワームほどの実力の持ち主だ。
透は警戒しながらも、普段通りの速度で部屋の中に踏み入った。
「「グルルルルル!」」
「と、トール」
牙を剥いたウルフチーフが、二匹一斉に透に襲いかかった。
次の瞬間、
「――えっ」
エステルが呆けた声を発した。
続けてドシャ、と水袋を落としたような音があたりに響いた。
透に襲いかかったウルフチーフは、すでに真っ二つに切り裂かれ、絶命していた。
襲いかかられると同時に、透が切り裂いたのだ。
「トール。犬は倒せないのではなかったのか?」
「それは、敵意のない犬限定だよ。こんな殺意の衝動に満ちた犬、放っておいたら危ないでしょ」
「……トールの基準がわからない」
エステルが頭を抱えた。
透の基準は明快だ。自分への殺意があるかどうかである。
といっても、<威圧>で殺意を引っ込める相手は無視をする。
<威圧>しても殺意を収めないものは、すべからく敵になる。
これは、シルバーウルフに限ったことではない。
ゴブリンも、もし<威圧>して殺意をひっこめる魔物であれば、透はあれほど倒そうとは思わなかった。
<威圧>をしても殺意を捨てなかったからこそ、ゴブリンは倒され、ウルフチーフも倒されたのだ。
勿論小動物系には多少の温情が与えられるが、それはそれ。
殺意の有無は絶対である。
温情をかけた結果殺されたでは、救いがない。
さておき、透はダンジョンのボスと思しき二体の魔物を倒した。
残るはフレアライトを見つけるだけだ。
「ねえエステル、フレアライトってどんな形なの?」
「ここにあるのは加工前の原液という話だから、液体っぽいのではないか?」
「となると、あれかな」
透が見つけたのは、壁からゆっくりと流れ落ちる液体だった。
樹液のように壁から溢れるそれは、やや飴色をしていた。
鼻を近づけると、その液体からガソリンのような臭いがした。
「おそらく、これで間違いなさそうだな」
エステルが<異空庫>から革製の袋を取り出した。
この依頼に際して、事前に市場で購入していた水筒用の革袋だ。
その口を壁に付けて、液体を採取する。
「これで、ようやくDランクの冒険家なのだな……」
「まだ早いよエステル。クリアを報告するまでが依頼だからね」
「わ、わかっているのだ」
革袋がいっぱいになるまでフレアライトを集めた透は、ダンジョンを出て足早にフィンリスに戻るのだった。
しかしこの時点ではまさか、フィンリスに変事が起こっていることなど、二人は想像だにしていなかった。
○
魔術書リリィの店主リリィは、店内で異変を察知した。
長年の研鑽で研ぎ澄まされた感覚が、フィンリスの異常を感知している。
――いったい、なにが起こったんだ?
珍しく外が気になったリリィは、魔力を練り上げ無属性魔術を展開した。
「≪索敵≫≪効果拡大≫。……ッ!?」
その瞬間、リリィは言葉を失った。
使用した無属性魔術は、〝敵〟を感知する≪サーチ≫と、その効果を拡大する≪エンハンス≫だ。
≪サーチ≫を発動した途端に、リリィは大量の害意を感じた。
それも、街の一部だけではない。フィンリス全体が、だ!
「これは、なに?」
呆然としたのは一瞬だった。
これでもリリィは人間に比べて長い年月を生きている。
店を開くより前、リリィは己の魔術スキルを高めるため、冒険者として活動していた。おかげで<魔術>スキルは特級と呼ばれるLv6に至り、フィンリスでは他の追随を許さぬ使い手となっている。
たとえどんな相手だろうが、魔術でねじ伏せられるという自負があった。
「……わたしのお店には、指一本触れさせない」
リリィは落ち着き払い、カウンターの下から愛杖を取り出した。
豪奢な飾りは一切ないそれに魔力を込めながら、リリィはおもむろに店の外に出た。
そこには、地獄絵図が広がっていた。
これまでリリィが見たことのない光景だった。
フィンリスの街中を、大量のシルバーウルフが縦横無尽に駆け巡っている。
逃げ惑う民衆が、次から次へとシルバーウルフみかみ砕かれ、絶命していく。
フィンリスの石畳は、既に真っ赤に染まっていた。
驚いたのも束の間、リリィは≪ウインドカッター≫を用いて、目に見える範囲のシルバーウルフを次々と切り裂いていく。
追いかけられている人や、攻撃されている人に、一切怪我を負わせない。
正確無比なコントロールで、シルバーウルフだけを倒していく。
しかし、
「……ッ」
リリィ一人の力では、焼け石に水である。
フィンリスに入り込んだシルバーウルフは、数えるのも馬鹿らしくなるほどだ。
初級魔術をちまちま放っていては、埒があかない。
当然だが、大量のシルバーウルフを一気になぎ払う実力がリリィにはある。
しかし、それを行えば街や人がただでは済まない。
シルバーウルフを倒すのに、街を破壊し人間を殺してしまうのは、本末転倒だ。
無論、シルバーウルフだけを狙った大規模魔術も行使可能だ。
しかしそれを発動するには、魔力を練るのにかなりの時間がかかる。
魔物の知能は人間より低いが、決して愚鈍ではない。
彼らは自分に害をなす者に敏感である。もしリリィが大規模魔術を発動しようとすれば、必ず妨害する者が現われる。
リリィを守る者が居ない状態では、大規模魔術は使えない。
リリィにとって、現在の状況はまるで手足が封じられたようなものだった。
最悪、自分の店だけでも守らねば。
リリィは店の前に立ち、何人たりとも通さぬ覚悟を持って、シルバーウルフをすべて倒していく。
そんな中、一際大きな声が聞こえた。
「みなさん、頑張ってくださいまし! 冒険者の力は、このような日のために使うものですわよ!」
朗々としたその声は、Cランク冒険者ルカのものだった。
ルカについては、リリィはよく知っている。
光と水、無属性の三属性を収めた、メイス使いの秀才だ。
彼女は共用井戸のあたりに陣を張っていた。
冒険者集団を束ね、背後から檄を飛ばしている。
「大切な人を、大切な街を、わたくしたちの力で守りますわよ! 正義神フォルセルスの名において、悪しき魔物に鉄槌を!!」
「「「おおおおお!!」」」
ルカが法術――中級法術の≪戦意高揚≫を発動すると、冒険者の気勢が一気に上がった。
冒険者たちが、シルバーウルフを危うげなく倒していく。
それもそのはず、シルバーウルフはEランクの魔物だ。
ステータスが底上げされる≪戦意高揚≫がかかっていれば、Fランクでも余裕をもって倒せる相手である。
だが、質より量。
この尋常でない数が、冒険者の反撃を困難なものにしていた。
ルカは井戸の傍で、戦況を見守っている。
度々指示を飛ばしながら、魔物の討伐と市民の救助を並行している。
Cランク冒険者らしい差配を振るっていた。
「ん……大丈夫。安心した」
ルカと冒険者たちの奮戦で、潮目が変わった。
この調子なら、フィンリスが落ちることはない。
そう確信したリリィだったが、≪エアカッター≫で斬り捨てたシルバーウルフを見て、眉根を寄せた。
シルバーウルフの胃から、琥珀色の液体が溢れ出てきたのだ。
その色を見て、リリィは嫌な予感を覚えた。
(あれはどこかで……まさか……ッ)
リリィの記憶が回答をはじき出す、その前に――、
――ドッ!!
フィンリスの空気が、大きく揺れた。




