ミスリルで武器を作る
「な、なあトール。一体なにをするつもりなのだ?」
「もしかしたら、この剣をなんとか出来るんじゃないかなぁって思って……」
「トールは元の世界で職人だったのか?」
「うーん、まあ、そんなところ?」
エステルに尋ねられるが、透は曖昧に頷くに留めた。
透は日本ではただのサラリーマンだったが、それを打ち明けてもエステルは困惑するだけだ。
また<鍛冶>スキルがあることも、彼女には打ち明けられない。
何故エアルガルドに来たばかりで<鍛冶>スキルを持っているのか? と尋ねられても、スキルボードの説明から始めなくてはいけないからだ。
「そうだ。エステルの新しい武器だけど、試しにこれから僕が武器を打って、上手くいったらそれを使うっていうことでどうかな?」
「おお、トールが作ってくれるのか! それは良いな」
透の申し出にエステルが満面の笑みを浮かべた。
彼女は透が、とんでもない粗悪品を生み出すとは思ってもみないようだ。
「剣士になって二本目の剣で、いきなりオーダーメードが持てるとは感激だっ」
「大げさだなあ。きっと、そこまで良いものじゃないよ」
素材も形も、ほとんどエステルに自由はない。
期待するとガッカリするに違いないので、透は念のため釘をさしておいた。
「おおー」
鍛冶場に通された透は、その中のあまりの〝らしさ〟に感嘆の息を吐いた。
石造りの鍛冶場に入ってまずトールの目に留まったのは、壁際にある小さな炉だった。炉にしては小さいが、鍛冶を行う分には問題ない。
その炉の上には、技術神アルファスの聖印が刻まれている。
炉の前には鞴、金床があり、壁には大槌や小槌が綺麗にかけられている。
火ばさみやテコ棒の他にも、透では名称の判らない道具がそこかしこに整頓されていた。
「……で、どうすんだ?」
「あっ、はい」
シモンに尋ねられ、透は前に出る。
炉にはまだ火が残っていた。その熱が、一気に体を温める。
炉前のあまりの暑さに、ぶわっと額に汗が噴き出した。
「シモンさん。これ購入するので、炉に入れても良いですか?」
「勝手にしろ」
「ありがとうございます」
透は歪な短剣を火ばさみで持ち、炉の中に突っ込んだ。
鞴で風を送りながら、炉の温度を上げていく。
しかし、短剣は一向に赤くならなかった。
(当然だな)
トールが作業する姿を見ながら、シモンは内心首肯した。
このミスリルの短剣は、シモンが何度も整形にチャレンジして失敗したものだ。
この短剣は、炉の温度をどれだけ上げても溶けなかった。
通常のミスリルであれば溶けるような温度であっても、だ。
そのようなミスリルなど、聞いたことがなければ見たこともない。
様々な手法でこのミスリルを整形してみたが、シモンでは歪な短剣の形にするのが精一杯だった。
(鍛冶は〝そこそこ〟出来るみてぇだが、まあ、無理だろうな)
短剣を炉に入れたトールの手つきから、彼が〝かなり〟の腕前であることをシモンは見抜いていた。
それでもこの特殊なミスリルを溶かすことは出来ないだろうと、シモンは高をくくっていた。
しかし、
「……ああ、なるほど。こうすればいいのか」
トールが手を僅かに動かしたその時だった。
赤くならないはずのミスリルが、みるみる赤色に染まっていくではないか!
「なっ!?」
その急激な変化に、シモンは目を剥いた。
鍛冶職人になって百余年。これまでいくつもの武具を制作した。
どんな仕事だって、完璧にこなしてきた。
そのシモンが唯一諦めた特殊なミスリル加工が、ぽっと出の少年の手により加工されているではないか!
ミスリルが真っ赤になったところで、トールがミスリルを取り出し、小槌で打ち始めた。
カーン、カーン、カーン。
そのリズミカルな音は、確かな腕の証左だ。
カーン、カーン、カーン。
少年の手により、短剣がみるみる変形していく。
その光景に、シモンはこれまで眠っていた、若かりし頃の滾るような熱情が目を覚ました。
「坊主、お前、一体どうやって加工てんだ!?」
「どうって……」
透が再度短剣を炉にくべたとき、シモンが殴り込むような勢いで尋ねてきた。
内心ビクッと怯えながら、透はじっと手元を見つめた。
「ミスリルって魔力の流れがすごく良いから、魔術でどうにか出来ないかなって――」
透は炉の炎に合せて≪着火≫で短剣を加熱した。
魔力の伝達が良いのなら、≪着火≫の熱も伝わりやすいのではないか? と考えたためだ。
その考えは正しかった。
≪着火≫を使った途端に、ミスリルの短剣が赤く染まっていった。
もちろん、≪着火≫のおかげだけではない。
透は≪着火≫をする傍ら、極小の≪エアカッター≫を操り、外に逃げようとする熱を内側に留めるため、炉の中で空気を回転させ続けた。
「まてまて坊主! ミスリルが魔力を通しやすいって、どこで聞いた?」
「えっ、どこって……」
「ミスリルは、魔力を防ぎやすい万能素材だぜ? もし魔力を通しやすかったら、武器にしてもエレメンタル系モンスターは切れねぇし、防具にしたって≪ファイアボール≫一発で着てる奴が消し炭になっちまう」
「……えっとぉ?」
透は首を傾げながらエステルを見た。
透の視線を受けて、エステルが深々と頷く。
どうやら、〝ミスリルは魔力が流れやすい〟という定番は、エアルガルドの常識とは違っていたようだ。
たしかにシモンの言う通りだ。
もしミスリルが魔力を通しやすかったら、魔術攻撃に弱い防具が仕上がってしまう。
そんな危険な防具をありがたがって着用する者などおるまい。
「じゃあ、どうしてこのミスリルは魔力を通しやすいんだろう……」
「んっ、なんだこのミスリル、魔力が通ったのか!?」
「えっ、あ、はい。かなりスムーズに魔力が流れましたね」
「……ってことは、もしかするとミスリルが精霊結晶化したってことじゃねぇか!?」
「精霊結晶って、あの?」
「ああ……っておい、坊主、手が止まってるぞ!」
「あっ、はい」
シモンに急かされ、透は慌てて炉から短剣を取り出し、小槌で形成していく。
「ミスリルってだけでレアな素材なんだが、それが長年い年月をかけて精霊の力が染みこみ、魔力が通りやすくなったんだろうな」
シモンが考察を続ける中、透は短剣の精錬に集中した。
短剣は刃が分厚かった。これをゆっくりと、折り曲げながら引き延ばしていく。
どれくらいの薄さに出来るか? 小槌を打つ感覚が、透に教えてくれる。
透はじっと小槌の音に耳を澄ませ、己の美的センスと<鍛冶>のスキルを信じた。
ミスリルを折り返すこと10度。
1024層になったミスリルの刃が、その硬度をもっとも活かせる薄さに引き延ばされた。
透がイメージしたのは、伝説の剣エクスカリバーだ。
断面は一般的な西洋剣である菱形ではなく、六角形になるよう加工した。
鍔が入る溝と、柄を付ける目釘穴を付けて、完成。
そこで、透の集中力がぷつりと切れた。
「……ふぅ」
透は自ら形成した長剣をマジマジ見つめて、ぐぐっと大きく伸びをした。
長剣は、100点満点の出来だった。
初めて作ったこと、イメージ通りに作れたことを加味すると200点でも良いのではないかと思えてくる。
「あとは、研ぎと鍔と握りか……」
慣れると1日数本は作れそうだが、今日の透はここが限界だった。
それもそのはず。透は朝から広いフィンリスを歩き回り、ネイシス教会を清掃しているのだ。これ以上はオーバーワークである。
「トールは、凄いのだな。あの短剣を、あっという間に長剣にしてみせるとは」
「いやいや、これくらい普通じゃない?」
これは<鍛冶>スキルを取得しただけの劣等人の仕事だ。<鍛冶>スキルを持つ普通のエアルガルド人なら、これ以上の仕事が出来るだろうと、透は考える。
対してシモンはトールの発言で、「ブチブチッ」となにかが切れる音を聞いた。
トールの仕事は、シモンの目から見ても一流だった。
100年間鍛えに鍛えた<鍛冶Lv5>という、〝高いレベル〟のスキルを持つシモンと同じか、それ以上と思えるほどの槌打ちだった。
それを、普通とは……。
その言葉を他の職人が聞けば、泡を吹いて怒り狂うか、職人を辞めるかのいずれかだろう。
(オレの半分も生きてねぇ小僧が、吹きおるわ!)
ギリギリとシモンは奥歯を鳴らす。
ここまで言われっぱなし、やられっぱなしで、黙っていられるシモンではなかった。
「おう小僧。その剣、オレに預けろ!」
「えっ?」
「オレが残りの仕事を引き受けてやるっつってんだ。鍔と握りと鞘を作る。あと、研ぎもやらせろ!」
「わわ、わかりました」
凄まじい剣幕で迫られ、透は反射的にコクコクと頷いてしまった。
しかし、相手はプロの職人だ。
残りの仕事を任せたら、幾ばくか手数料が取られるのではないかという不安がもたげる。
「あのぅ、そのお仕事はおいくらでしょうか?」
「タダで構わん」
「いや、でも……」
「タダでいいからやらせろ!」
「ええと」
「坊主は金が欲しいのか!? だったら金貨1枚でも2枚でもくれてやるわ!」
「いいい、いいえ結構ですスミマセン! 残りの作業をお願いします!!」
残りの仕事を任せるのにお金を払うどころか、逆に払われそうになった透は、慌ててその申し出を断った。
(一体どうしちゃったんだろう?)
鼻息荒く長剣になった元短剣を見つめるシモンに、透は多少の不安を感じた。
しかし、エステル曰くシモンは一流の鍛冶師だ。
残りも透がやるよりは、彼に任せた方が良いものが仕上がるに違いない。
「それじゃあ、残りはシモンさんにお任せします。いつぐらいに仕上がりますか?」
「明日だ」
「えっ、そんなに早く!?」
「ああ。安心しろ。坊主が鍛えたこの魂、オレが全力で仕上げてやる」
「はい! 宜しくお願いします」
シモンの熱い言葉に、透は胸を打たれた。
深々と頭を下げ、透らはシモンの店を辞去したのだった。
一体どのように仕上がるのか。
透はいまからワクワクが止まらない。