あらたなる魔剣の力~課金編?~
水梳透は、布団に仕込んだ≪ライティング≫を消しながら欠伸をかみ殺す。
いつもならば早々に宿の中庭に向かい、早朝鍛錬を行う時間だ。だが先日、宿の女将から鍛錬禁止令が出されてしまった。
日は今し方昇ったばかりで、朝食までまだしばらくの猶予がある。
どうやって時間を潰そうか。宙ぶらりんな時間が生まれてしまった。
「日本に居た頃なら、スマホやパソコンで時間を潰してたんだけど」
エアルガルドに便利機器はない。
しばし頭を悩ませた透は、はたと気づいてスキルボードを顕現させた。
「そうだ、後回しにしてたスキルの整理をしよう」
スキルボードに表示される技術ツリーは、この世にあるスキルというスキルが詰まっている。
そのままの状態では、目的のスキルを発見する難易度が高く、また見逃してしまう怖れもある。
スキルボードに搭載されている『格納』システムを使用すれば、絶対に使わないだろうスキルを非表示に出来る。
たとえば≪金魚掬い≫や≪輪投げ≫、≪型抜き≫などのお祭りスキルシリーズや、≪サクランボ軸蝶々結び≫や≪サクランボ種飛ばし≫などのサクランボシリーズなどは、絶対に取得しない。
他にも、まだまだ数え切れない駄スキルが山ほどある。
ちょくちょく時間を見つけて整理していかねば、邪魔で仕方がない。
目の前に出現した、A4サイズほどのスキルボードを眺めて、透は異変に気がついた。
○ステータス
トール・ミナスキ
レベル:20→21
種族:人 職業:剣士 副職:魔術師
位階:Ⅰ→Ⅱ スキルポイント:2→1012
○基礎
【強化+8】
【身体強化+5】【魔力強化+5】
【自然回復+5】【抵抗力+5】【限界突破★】
【STA増加+5】【MAG増加+5】
【STR増加+5】【DEX増加+5】
【AGI増加+5】【INT増加+5】【LUC増加+5】
○技術
<剣術Lv5><魔術Lv5>
<察知Lv5><威圧Lv5><思考Lv5>
<異空庫Lv4><無詠唱Lv4>
<言語Lv4><鍛冶Lv4>
<合気Lv5><断罪Lv2>
【魔剣Lv1】
「あれ? スキルポイントが滅茶苦茶増えてる!」
以前、断罪スキルを振り分けた時は、ポイントが残り2まで減っていた。
またレベルは20だったし、位階もⅠだった。
透はレベルアップの条件が『魔物を倒すこと』だと思っていた。しかし、断罪スキルを振ってから今日まで、一度も魔物を狩っていない。
今日までのあいだにやったことといえば、フィリップを断罪し、エステルと稽古を行ったくらいだ。
「……まさか、人を斬ってレベルアップなんてことはないよね?」
さすがに人を斬りつけてレベルアップした、とは透は考えたくなかった。
レベルが単純に人間の能力の段階を表した数値だとしても、殺人や傷害がレベルアップで正当化されるように思えてならないためだ。
レベルアップが悪を滅ぼした成果であって欲しいと願うのは、日本人特有の感覚か。
さておき、レベルアップの条件は後々考察することにして、透はポイントに目を向ける。
「スキルポイントがおかしい……。なんで一気に1010ポイントも増えてるの?」
たった1つレベルが上がっただけで、これほど大量のポイントを稼げたことは、いままで一度もなかった。
「位階が上がったことと関係してるのかなぁ? 位階が上がると、1000ポイント貰えるとか……?」
うーんと唸るも、それらしい答えが見つからない。
しばし考えた透は、考えるだけ時間の無駄だと思考をぽいっと投げ捨てた。
それよりも、いまはポイントの使い道である。
「1012ポイント……。折角だし、【魔剣】のレベルを上げようかな」
あぶく銭ならぬあぶくポイント。
折角【魔剣】のレベル上げに必要なポイント数を上回っているのだから、これ幸いと振ってしまおうか。
「いやいや、まずは生存に必要なスキルに振るべきか……」
平行思考が対立する。
散々悩んだ挙げ句、結局透は【魔剣】にポイントを振ることにした。
手堅い生存戦略も、男のロマンには適わなかった。
「いでよ【魔剣】」
透が手の中に魔剣を顕現させた。
その姿をじっと眺め、脳に刻み込む。
「……よしっ!」
現在の【魔剣】の全体像を覚えたところで、透はスキルボードをタップした。
>>スキルポイント:1012→12
>>【魔剣Lv1】→【魔剣Lv2】
「さて……なにか変わったかな?」
透はレベルが上昇した【魔剣】をじっくり眺める。
黒い刀身に赤いラインが入った【魔剣】は、しかしLv1とLv2でなんの変化も見て取れなかった。
「あ、あれ? スキルは間違いなく振ってるけど、見た目は全然変わってない……」
多少の変化があるものと想像していた透は、僅かに肩を落とした。
しかしレベルが上がったのだ。なにも変化がなかったとは思えない。
「――となると、候補は3つかな」
①切れ味がアップした。
②人体も切れるようになった。
③形態変化――変形。
「①は、すぐに確認出来ないけど、既にすごい切れ味だしなあ」
これ以上切れ味があがったところで、現在の透にはオーバースペックだ。
劣等人で初心者冒険者の透では、十全に発揮させられる状況には縁がないし、切れ味の限界にチャレンジするような状況は遠慮したい。
「①はあとで確認するとして……。さすがに②は遠慮願いたいなあ」
透にとって、【魔剣】の性質はある種のセーフティである。
もし人が切れるようになったら、フィリップのような件で透は人を殺してしまうかもしれないのだ。
②だった場合を考えた透の頭から、さっと血が引いた。
自分は取り返しの付かないことをしてしまったのではないか? と。
「……い、一応確認するか」
ごくりとツバを飲み、透は指先で【魔剣】の刃に触れた。
すると――
「おっ」
透の指が【魔剣】の刃をすり抜けた。
「良かったぁ……」
ほっと胸をなで下ろす。
人が切れない剣は欠陥品だが、それでも透は切れないことで、安心を手に入れた。
「となると残るは変形か……」
変形と呟くと、透の胸が踊り出した。
もし③が正解なら、これほど嬉しいことはない。
変形や変身、合体は、男の子の憧れなのだ。
それは、何歳になっても変わらない。
ベッドからがばっと立ち上がり、透は興奮しながら叫んだ。
「さあ……来いっ! 変形!!」
瞬間、手の中の魔剣が、真ん中で割れた。
グリップはそのままに、割れた半分がくるりと回転し、柄の下に填まり込んだ。
(きき、来たぁ!! なんだろう? 大剣? それとも双刃刀か!?)
その様子を、ワクワクと透は見守った。
柄の下に填まると、両端が僅かに弧を描く。
刃の上から下に向かって、白っぽい弦が延びた。
「おお、弓だッ!」
【魔剣】が弓に変化した。
目を輝かせた透だったが、しかしすぐにある事に気がつき固まった。
「【魔剣】なのに弓って……これ如何に?」
スキル名は、依然として【魔剣】だ。弓に変形したいまもスキルボード上では【魔剣】のまま。【魔弓】に変化していない。
そもそも透が考えていた変形は、刃が大きくなるとか、ドリルになるとか、命を刈り取る形になるとかである。決して弓ではない。
「でもまあ……変形といえば変形だよなあ」
先ほどまで体中からあふれ出していた熱情が、急激に萎んでいく。
【魔剣Lv2】の正体が、変形であったことは、透少年としては歓迎している。
だが、その変形先が良くなかった。
「弓、スキル振ってないんだけど……」
素敵な力が手に入ったと思えば、使用にポイントを消費しなければならない。
おまけに矢も付いていない。
――おめでとう、最強の武器が手に入ったよ! 使いたいなら課金してね♪
金ばかりかかる、悪徳アプリゲームか。
「でも、スキルなしでまともに使えるとは思えないしなあ」
剣術は剣道の授業で触れたことがあるが、弓に触れた経験は一切ない。
試しに透は、左腕をぴんと張り、右手で弦を引いてみた。
「うぐぐ……なにこれ、めっちゃ固っ!」
ステータスがレベル21ぶん底上げされた透だが、素の状態ではまったく引けない。
とんでもない強弓だ。
「ぬぐぐ……!」
≪筋力強化≫を使用して、なんとか弦を引くことに成功した。
しかし、弦は引けたが指が千切れそうである。
「あっ、もう無理」
二の腕がぷるぷる笑い始めた透が右手を離した、その時だった。
――プシュン!
「ふぁっ!?」
弦を離す直前に、魔弓の中央に漆黒の矢が生じた。
その矢は透が離した弦に押され、目にも留まらぬ速さで壁を貫き、向こう側へと消えていった。
「…………」
どうやらこの魔弓、弦を弾くと自動的に矢が発生する仕組みだったようだ。
【魔剣】の性質が魔弓にも反映されているのならば、飛んでいった矢には一切、人間を殺傷する能力はない。
また幸いにして、矢が生んだ穴は節穴ほど小さい。
宿の壁は節による穴が所々空いているため、穴が1つ増えた程度では誰も気づくまい。
矢がどこへ飛翔し、たとえ壁を貫こうが茶碗を割ろうが、人体には害はない――はずである。
故に透は、
「……よぉし、そろそろ朝食の時間だな!」
なにも見なかったことにしたのだった。
新たな章のスタートです。
今話より週1回ペースでの更新(毎週金曜日)となりますことを、どうぞご了承ください。
ちなみにこの飛んでいった矢……どこに行ったんでしょうねー(棒




